看取り

先日、看取りがありました。
何年もフォローさせていただいていた患者さんでした。
ご家族も積極的な治療は望まれず、苦しまずに逝かせてあげたいとの希望でした。

もうだいぶ前から経口摂取が少ない状況でしたが、液体の栄養剤などでなんとか保っていました。
ご自身の「口から食べる力」にかけてここまでやってきました。
しかし徐々に栄養剤も飲めなくなり、脱水の状態に。

このときかなり迷います。
苦しまずに逝くのであれば、枯れるようになくなるのが一番苦しくないと言われています。

「この脱水を改善したら、また回復して食べてくれるようになるかも」

そのような思いから、水分過多にならない程度に点滴を行いました。
しかし、経口摂取は回復しませんでした。

亡くなられた日は休日で、ご家族が面会に来て数十分でお亡くなりになられました。
ご家族が面会に行ってすぐに「様子がおかしい」と連絡を受け、自分もすぐに向かうことができました。

元気に会話ができていた頃の患者さんも知っているので、とても悲しい気持ちでしたが、
本当に「お疲れ様でした」という気持ちが大きかったです。

帰りの道で、これまでのことがいろいろと思い出されます。
そして、「なんで、こう、ご家族に気の利いた言葉がかけられないかなぁ」と悩んでしまいました。
どうも看取りは苦手です。
医師としての仕事はまっとうできても、
「ご家族に気の利いた言葉をかけてあげたい」
という気持ちがあるのに、なかなかうまい言葉も見つからず、自分の中では納得できません。

実は、自分が看取りを行ったのは実に7~8年ぶりです。
これまでも看取りを行うことを標榜していたのですが、なぜか自分にあたることがありませんでした。

自分の担当患者さん(自宅での看取り希望)が亡くなってしまうことはあったのですが、
予想外の出来事(転倒して整形外科に入院中に別の病気を合併して亡くなったり、手術後の合併症で亡くなってしまったり・・・)で亡くなってしまいました。

後日、ご家族の方がクリニックに来ていただき、遺影や葬儀の時の写真を見せていただきました。
とても色鮮やかなたくさんのお花に囲まれ、患者さんもとても美しい笑顔で葬儀とは思えないほど明るいものでした。

「良かった」というと語弊があるかもしれませんが、明るくお見送りすることができたんだなと感じました。

自分は今でも「点滴のタイミングや量はあれで良かったのかな」とか「もっと他にやりようはなかったのか」とか考えてしまったり反省しています。

本当患者さん一人一人に勉強させていただいています。