本当に暇な人専用記事

さすがにコロナネタに飽きてきました。
Ο株騒動もくだらなすぎてテレビをチェックする気も起きない。

ということで本日は箸休め。
ずっと前に書いておいた㊙記事です。
どうでもいい内容だし、公開するのどうかなと思って放っておいたものです。
メチャクチャ暇な人だけ読んでください。

医者って、高校卒業してから医学部に入るわけで、医者って医者の仕事しかしたことない人がほとんどなんですね。
まれに社会人を経験してから医学部に入る方もいます。
ちなみに母校の信州大学ではそのような既卒者の人が多かったです。

医者って、本当医者の世界しか知らない人が多い。

医学部生のバイトといったら、定番は家庭教師。
自給もいいし、当然それを選ぶ人がほとんどです。

でも変わっている自分は、いろんな職業を試したいと思ったんですね。

そんな自分のバイト歴をいくつか紹介したいと思います。

まず、医学部の時ではありませんが、浪人の時。
①引っ越し屋のバイト
某有名な引っ越し屋さんでバイトしました。お客さんみていると、詳しい話は聞けませんがいろんな人生ドラマがあるんだなぁって思いましたね。段ボール、家具の運び方の基本はここで学びました。

医学部に入ってから。
②工事現場のガードマン
工事現場でトラックの出入りを誘導するガードマンです。止めた一般車に怒鳴られたことは今でも忘れられません。赤い車に乗ったオッサンでした(まだ覚えてる😱)。

③朝マック
朝が弱い自分が何で選んだのか今でも思い出せない朝マックの仕事。ちょうど長野オリンピックが行われていた時期で、そこそこ忙しかったです。カウンターではなく、中の厨房の仕事です。今でもあのアラームの音聞くと反応しそうです。
関西では「マクド」というようですが、朝マックは朝マクド?

④伊豆の旅館での住み込みバイト
夏休みを利用して、西伊豆で住み込みのバイトしました。最初は布団の上げ下げなどしていましたが、そのあとはオシャレな言い方であれば、バレーサービス。とてもじゃないですが、バレーサービスと言えるほどの高級ホテルではないですけどね。お客さんの車を玄関から駐車場に移動する仕事です。
ここでの思い出は、とにかくまかないの食事がクソまずかったこと。
リアル「クサイ飯」なのです。
「クサイ飯」といっても、あっちの方の「クサイ飯」ではなく、ただ単に「クサイ飯」。
本当に腐っていたと思います。しかもクサイ米と、クサイ味噌汁。
そういえばおかずが出てきた記憶がありません…。
犬猫扱い。今どきの犬猫の方がいいもの食べている。
マジでこのままでは死ぬと思い、車で30分くらいかけて走った隣町のモスバーガーで栄養補給したりしていました。
たった一度だけ焼き肉に連れていってくれたおじさんスタッフの人は本当に天使に見えましたね。
ちなみにここで学んだことによって、枕カバーの設置の仕方は相当うまくなりました。
って、誰でもできますけどね。

⑤子守のバイト
韓国クラブのママの子供の子守のバイトです。
別に自分が韓国クラブに入り浸っていたわけではなく、友人に回ってきた話(それもどこからか回ってきた話)が自分のところへやってきました。
幼稚園児の子供が日本語をあまり話せないため、遊びながら日本語を教えてほしいとのこと。
最初の日、自宅へ行ってみると日本人のパパさんと思われるおじさんに「よろしくお願いします」といわれ、まだまだ子供だった自分はいろんな妄想というか想像が駆け巡りどんな事情があるんだろうと思いましたが、おとなしく「はい」と返事をしただけ。
そのおじさんに会ったのはそのときだけでしたねぇ。
で、子供と遊ぶのはいいんですが、外で遊んでいると近所の子どもたちも集まってくるんですね。
結局鬼ごっこが始まってしまったり、先生一人に子供複数人という保育園状態。
「お前ら金取るぞ!」と心の中で叫んでいました。
で、困ったのがそれこそ給与の受け取り。
ママは当然夜はクラブに出勤していますから、その韓国クラブに取りに来いっていうんです。
ウブな自分はそれが本当に苦手でしたね(いまでもウブですけど)。
お店に行くとボーイさんに「いぃ⤵らっしゃいませ~⤴」って勢いよく言われるもんですから。
お客じゃありませんって。
今だからいいますけど、遊ぶのに疲れたときはトイストーリーとかのDVDを適当に流して、一緒に横になって休んでいました。
国語の偏差値30台だった自分から学んだあの子の日本語、大丈夫かなぁ。

その他にももちろん家庭教師や、模試の採点のバイトなどやりました。
ちなみに家庭教師は、こちらの腕うんぬんではなく、結局は本人の素質ですよね。
こちらはただの「見張り役」。
ぶっちゃけね。

自分は結構変わっているところがあって、小学校5年生の夏休み時に、札幌、函館、大阪、会津若松を電車に乗って一人旅したことがあります。
寝台列車や、ユースホステルに泊まったり、5泊6日の旅。
小学5年生が5泊6日の一人旅って、今考えただけでも信じられません。
親がよく行かせてくれたなと思います。

自分の親はJR職員だったのですが、あまり旅行とか連れて行ってもらった記憶がないんですね。たまには行きましたが遠出した記憶はない。
それなら自分で行っちゃえと思って、一人で時刻表みて計画立てたのです。
親がJR職員ですから、子供料金のさらに半分になって、かなりお得に行けたのです。

出発は上野から北斗星に乗って札幌へ向かいました。
寝台列車に乗るのは初めてです。
初めて乗るからには食堂車で何か食べてやろうと思ったのですが、メニューがオシャレなものしかない。
一番単純で簡単そうなの、単品で安いものと思って、ビーフシチューを頼みました。
小5の小僧が食堂車でビーフシチューです。
それまで食べた記憶すらありません。
さすがに食べ慣れないものだし、大人の味はわからなく、おいしかった記憶がまったくありません。
札幌では時計台を見学。
多くの旅行者が感じるように、ビルに挟まれた時計台をみてがっかり気分。
そのあと特急北斗に乗って、函館へ。
湯の川温泉のユースホステルに1泊。

翌日は期間限定で復活していた青函連絡船に乗り青森へ。
で、青森から寝台特急日本海というものに乗って大阪へ向かいました。
この寝台特急は3段式で、子供の自分ですらすごく狭く感じましたね。
潜水艦の方がまだましなんじゃないかと思いました。
って潜水艦乗ったことないですけど。

大阪では大阪城などを見学し、ユースホステルに宿泊。
めちゃくちゃ暑かった記憶があります。
大阪城内にはエレベーターがあったことにたいそう驚きました。

で、翌日に新幹線で東京まで戻ってくるのですが、それでは飽き足らずそのまま今度は会津若松へ。
会津若松でもユースホステルで1泊しました。

昔、年末に2夜連続の時代劇やっていたの覚えています?
日本テレビ時代劇スペシャルです。
そこで「白虎隊」が放送されたことがあるのですが、ハマってしまったんですね。
歴史が苦手なくせに。
今でも堀内孝雄の「愛しき日々」を聴くと思い出します。
というか、今でも無性に聴きたくなるときがあります。
なので、往診中に車で聴いてます。

ちなみに往診中の車の中ではときどき演歌が流れます。
これからの季節、冬の北海道には演歌がピッタリです。
「津軽海峡冬景色」とか「みちのくひとり旅」は日本の名曲ですな。
他にも懐メロだったり、洋楽だったりサントラだったり結構幅広い曲が流れます。

いや~、こんな一人旅に行かせてくれた親には本当に感謝です。
普通心配して行かせてくれないと思うのですが…。
ん?
心配してなかったってこと?
いやいや、相当心配だったと思います。
自分のことを信じてくれていたからこそ旅に出してくれたのだと思います。
本当にありがたい。

自分はこの程度の変わりようですが、医者の中にはもっといっぱい変な経験をされてきた方もいます。

ガリ勉して医学部はいって、王道の家庭教師のバイトして、大学の医局に属して、箔をつけるために留学して、市中病院の診療部長とかになって、結局教授になれず、その辺の病院のそれなりの役職について…とか、なんかそんな人生はつまらないと感じちゃうんですよね。
そんな生き方している医者はたくさんいるし、その中に埋もれているのって、ただの兵隊みたい。
ちょっとはずれてみたくなっちゃうんですよね。
もう今はだいぶはずれにはずれて、大はずれしていますけど。

ちなみに自分は開業する気なんてまったくありませんでした。
今でさえ経営のことを考えると開業していたくないと感じることすらあります。
たまに医者の求人情報みちゃうくらいですから。

本当、人生の流れでなんとなく流されて開業になったという感じです。
でも開業してみたらしてみたで、自分の信念が貫けるし、結構いい感じ。

そして自分は「人」に恵まれているなぁとつくづく感じます。
友達少ないけど。

ここまで読んでいただいた方、相当ヒマですね。
でもありがとうございます。