脳性疲労

周囲に、何度も同じミスをする、切羽詰まった状況なのになぜか他人事、何度も何度も遅刻をする、約束を守れない、いわゆる「仕事ができない」ような人いませんか?

今回は一冊の本を紹介します。

貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」

題名からすると貧困問題に焦点を当てた本のように思えますけど、確かにその部分はありますが、主に「脳性疲労」について、当事者のその症状が詳しく描かれています。

読んでいてめちゃくちゃ参考になり、本は付箋だらけ、蛍光ペンでも線を引きまくりでした。

なぜこんなにもわかりやすく、「脳性疲労」「不自由な脳」について書かれているのかというと、著者自身が脳梗塞を発症し、まさに「脳性疲労」「不自由な脳」を呈してしまったからなのです。

著者はこれまで貧困問題を取材する中で、何度も遅刻してきたり、約束をすっぽかしたり、あるいは支援の手を差し伸べようとしてもなぜか拒否をされたり、お金の計算ができなかったり、物を探せなかったり、すぐに忘れてしまったりする取材対象者を何人も見てきたそうです。

そして著者自身が脳梗塞を発症し、その後遺症で同じ症状が出現し、これまで見てきた取材対象者の「脳性疲労」「不自由な脳」について深く理解することができたそうなのです。

なぜお金の計算ができないのか、なぜ約束が守れないのか、なぜ遅刻してしまうのか。
その「なぜ」が詳しく書かれています。

例えば、買い物するとき、店員さんから言われた金額をお財布から出そうとしてお財布の中を見るとすぐに忘れてしまう。
これはワーキングメモリ(作業記憶・作動記憶)の障害によるもので、超超短期記憶みたいなものです。

あるいは、お金を出そうと計算しようとしているときに、周囲のささいな音などでその「数字が消えてしまう」。
これは注意機能の低下(注意欠陥)の症状です。

また脳の情報処理能力が遅くなっているため、「咄嗟の一言」が出にくくなります。
思い浮かんだ言葉がすぐ頭の中から消えてしまったりします。

体は一見元気なことが多いですから、周りから見たらた「だサボっているだけ」に見えてしまうのですね。
あるいはだらしないとか。
でも本人は結構努力していたりするのです。そのために深く悩んでいたりするのです。

『健常者が1km歩いて1000円をもらう労働があるとして、片足を失った者が同じ1kmを歩いても1000円。しかも、遅いだのサボっているだの言われがちなのが、不自由な脳の当事者なのだ。
その労働対価の不平等を感じたときに、当事者の胸中を満たすのは「徒労感」以外何ものでもない』
とわかりやすく表現されています。

いわゆる健常者という人は、「当たり前」のように時間を守り、「当たり前」のようにお金を計算したりすることができますが、発達障害など生まれつきそのような能力に障害があるケースでは、当人たちは「周囲の人はみんなすんごい努力してやっているんだ」と思ってしまうのですね。
みんな努力しているのだから自分も頑張らないといけない、でもできない、失敗する。
そしてまだまだ努力が足りない、能力が足りないんだと自罰的になり自信を喪失していきます

『我々の症状は「サボっている「ヤル気がない」と思われてしまいがちなポイントがあまりに多いが、必死に水面下で藻掻いている努力を、最も身近な家族やパートナー否定されてしまうことほど当事者にとってしんどいことはない』
とも書かれています。

物を探せない症状については著者がとてもわかりやすく表現してくれています。
『確かに病後、何かを探しても、なかなか見つからないことはかなりしんどい症状だった。特に視界にたくさんの物があると、物と物が輪郭を失って溶け合ったように見え、その中から特定の物だけを探すのが異様に難しい。』

「物と物が輪郭を失って溶け合ったように見え」との表現、なるほどなと思いました。

一方で興味深い症状もあったようです。
著者が発症してから半年間くらい、嫌な人間の記憶だけが増強され、一日に何度も頭の中に登場し苦しめられたそうです。
『ネガティブな記憶においては逆に記憶力が大幅に強化されたように感じる』
と書かれています。

高齢者の認知症でも嫌な記憶は残りやすいと言われますね。

「脳性疲労」「不自由な脳」の症状というものは、発達障害をはじめ、脳卒中でも起こりうるし、認知症でも起こる症状でもあります。
たぶんワクチンの後遺症によるブレインフォグも似たような感じかもしれません。
以前書いた「中電病」もそうかもしれませんね。

そして例えばこのような方々が役所に行って申請などをするにしても、書類の書き方が理解できないのです。
そのために支援につながらないケースが多いようです。
確かに役所の書類って超わかりづらいですよね…。
自分ですらよくわからないです。どうしてあんなに不親切な書類なんでしょう。
聞き慣れない言葉ばかりで。
「脳性疲労」「不自由な脳」があったらさすがにハードルが高く、途中で断念してしまうでしょう。

また、咄嗟の一言が出ないなどコミュニケーション能力の喪失のために、いろいろ質問されるとうまく答えられません
まさに思考停止状態になってしまいます。
実はこれが生活保護申請のブロックの役目を果たしていたのではないかと、著者は書いていました。
窓口で役所の人間が意地悪く拒否(水際作戦)せずとも、申請ではなくまず相談ということで話を持っていき、現況説明させたり、質問したり、二度三度説明させたりするだけでしどろもどろになってしまいます。
『「相談から」は実に当事者の弱点を理解していたものだなあ、と思わざるを得ない』
と著者は書いています。

そして根底には
『そもそも日本のあらゆる福祉は申請主義、つまり利用者の側から申請し、受諾されなければ利用することができないから』
と、申請主義の問題点も提起していました。

確かに、高齢者の医療においてもいろんな支援制度があります。
でもこれって、誰かが教えてくれるわけでもなく、ましてや役所が教えてくれるわけでは決してありません。
そこまで優しくないですね。
自分で気づかないとその支援制度に結びつかないのです。
自分が気づいて自分で申請しないと結びつきません。

本の中でわかりやすくまとめられた部分を一部紹介します。


・人の脳は原因となる疾患や機序がどうであれ、情報処理能力の低下、疲れやすさ、記憶や注意の機能の低下等々の症状が現れる。
・結果として、他社の言葉についていけなくなり、言葉や文字、文章の理解が困難になり、複雑な条件から正しい道を選択したり、優先課題を絞り込んだり、中長期的に課題を把持することができなくなり、その状況を他者に説明することも極めて困難になる。
・それらの不自由は「不安の心理」があることで、一層強く濃厚になる。
・だからこそ当事者は働けなくなり、迫る危機を把握・対応できなくなり、制度の利用にもつながれなくなってしまう

『生まれつきの発達障害等ではなく、また物理的な暴力でなくとも、強いストレスと不安にさらされた子どもの脳は、定型(マジョリティの脳同様)には発達しない』
とも書かれていました。

上記「脳性疲労」「不自由な脳」にとって、不安にさらされると一気に症状が悪化してしまうようです。

支援する側、周囲の人の対応としては
・当事者の不安の軽減を最重視し、逆に不安を作る言動を極力避ける
・支援者自身が情報過多な存在(大声・過剰なリアクションやイントネーション・多弁・早口・当事者の言葉の遮り・論旨の整理されていない発話)であることで、当事者を混乱させる要因にならないようにする
などいくつかの支援ポイントが記載されています。

自分も診察していて時間がおしていたりすると早口になってしまったりすることがありますが注意しなければなりません。
わかりやすく、ポイントをおさえた会話を心がけなければなりません。

『脳性疲労が健常者の想像する「疲れ」とは全く別物の猛烈な不可能感を伴うものである』
と表現されていますが、まさにわかりやすい表現です。

「脳性疲労」「不自由な脳」で悩む人々は増えているのではないかと思うのです。
きっと身近にもすでにいるかもしれません。
本人たちは決してサボっているわけでもだらしないわけでもなく、頑張っているのに「できない」のです(本当にだらしない人もいるだろうけど…)。
その点を理解してあげてください。
そして「過度な不安」がよろしくありません。

また対策として、
『不安を軽減することで、自信の持てる最大限のスペックを発揮するための最良の手段は、他者に適度な依存をすること、信頼できる他者を作り、そばにいてもらうことだ。』
と書かれています。

著者自身も相当な症状に悩まされ、今もまだまだ不自由なことがたくさんあるようです。
それでもこのように立派な文章を書き本を出版することができるのです。
著者自身はもともと「脳性疲労」「不自由な脳」の人々に多く会ってきたこともあり、対策についてもある程度知識があったようで、それも役に立っているそうです。

先月、道内のニュース番組内で若年性アルツハイマーの患者さんの特集がありました。
https://news.ntv.co.jp/n/stv/category/society/st38e7e61058674f4eb67a5a2872fe1300

48歳で若年性アルツハイマーと診断されたにもかかわらず、ガソリンスタンドで働き続ける方が紹介されていました。
「1枚5分で終わる伝票を極端な話、半日かけたりとか、やる気ないのではと思われるような感じの仕事をずっとやっていた。」とのコメントがありますが、まさに上記で書いてきたとおりです。
ご自身の努力もさることながら、周囲の理解・サポートもあって仕事の継続を実現できているのかと思います。

医薬品あるいは医療行為による医原病によって起こることもあり得ます。
先日こんなニュースもありました。

美容整形で全身麻酔→「認知力低下」体験談相次ぐ 営利主義なれの果て?ずさん「一人二役」手術に美容外科医が提言

なぜ「2025年2月中旬ごろからXで相次いで話題になっている」のかは不思議です。
本当に麻酔だけの問題なのか、麻酔プラス他の要素(ワクチン接種歴など)の可能性なども考えていかなければならないではないとは思いますが。
このように医療によっても脳機能の低下が起こることがあり得ます。
(麻酔の問題だけを考えた場合、基本的に大きな病院でおこなわれる手術のようにしっかり麻酔科医がついていれば問題ないことが多いかとは思います)

これからの時代、原因は何であれ、いつ何時自分自身が「脳性疲労」「不自由な脳」の状態にになるかわかりませんし、家族や身近な人がそうなるかもしれません。
この本に書いてある知識は頭の中に入れておいて損はないかと思います。

「脳性疲労」「不自由な脳」は生まれつきの特性で起こることもありますし、生育の過程で起きてしまうこともあります。
あるいは強いストレス体験による適応障害やパニック、うつから起こることもありますし、若年性アルツハイマー、脳卒中から起こることもあります。
「脳性疲労」「不自由な脳」に対しては厳密な診断名を得るよりも、これらは似たような症状が起こるのだし、その対策を学ぶことに導くことが重要ではないのかと著者は言っています。

確かにそうだと自分も思います。
なんでもかんでも診断名を気にしすぎますが、「症状」に合わせて対応すればいいのです。
認知症もいろんなタイプがありますが、基本的には症状を見てある程度の診断をつけます。特殊な検査で診断に導くこともできますし、ある程度の診断をつけた方がその後の予後なども目安がついたりすることもありますが、基本的に日常診療においては目の前の症状に合わせて対処方法(薬物調整等)を考えることで間違いないと思っています
つまり究極的には診断名なんて必要ない。

例えば暴言・暴力が目立っていたり、何かに執着しすぎるような症状があれば、「あぁ前頭側頭葉変性症のタイプだな。だったら安易な認知症薬は危険だな。症状がひどくて抑えたいときは○○の薬がいいな。」とか。
ここで一応前頭側頭葉のタイプというあたりはつけていますが、診断名なんてなくたっていいのです。
症状をみてそれに合わせて対処するだけです。

医療・福祉系に関わる人はみんな読んだ方が良いと思えるくらいの本でした。
実際その病気にならないとその人の気持ちがわからなかったりしますが、この本の著者は自身の経験からその症状をわかりやすく書いてくれています。
「脳性疲労」「不自由な脳」で悩む人々の気持ちがよく理解できるようになります。