介護について思うこと

先日の感想集にてCBDオイル(ヘンプオイル)の効果を詳しく書いてくださってきてくれた方がおりました。
この件についてもう少し深掘りして書いていきたいと思います。

この方は実は外来の患者さんで、極度の介護疲れで脳がうまく働いていなかったのです。
すぐに物事を忘れてしまったりすることが増え、日常生活でも支障をきたし、ご本人は認知症ではないかと心配されておりました。
状況からは、働き過ぎじゃないかというくらい介護を頑張っておられ、強い介護疲れとストレスが原因ではないかと思い、CBDオイルを勧めさせていただきました。
やることが多すぎて頭がパンク状態になっていると感じられました。
脳が混乱状態になっている状況でパニック状態のような感じがしました。
それを鎮めるためにCBDオイルがいいかもしれないと思ったのです。
そうしたら速効で効果が出て、感想集にもあったとおり家事もかなりはかどったようでした。

ちなみに介護に当たってのアドバイスもいくつかさせていただきました。
その中で強調したのは「強制的に自分の時間をとること」です。
自分が潰れてしまってはどうにもなりません。
介護となるとどうしても家族を優先してしまいがちですし、確かにやることも多いのですが、強制的に自分の時間をとってもらうようにしました。
ちなみに上記の方はこれもすぐに実践してくれ、温泉に行ってリフレッシュできたそうです。
グルグルと悪い循環に入っていたところを断ち切れたかのようです。

ちなみに未接種の方でしたのでシェディングのことを考えると温泉はあまりおすすめできませんが、ご本人が大好きでそれが一番リフレッシュできるということであればそれでいいのかもしれません
シェディングのことを考えて行動制限するよりも、リスクとメリットを天秤に掛けて選択してください
シェディングを受けてでもそこに行きたいか?
どうしてもいきたいのなら行くべきでしょう。
その楽しい気持ちとか高揚感などプラスの気持ちでシェディングをはねのけてくれるかもしれません。
(いや、大好きなアーティストのライブにどうしても行きたくて行ったケースの方では、きっちりシェディング受けてしまったこともありますから、やはり気持ちではどうにもならないかもしれません。運が悪いことに隣が激臭の人だったようで…)

介護は肉体的疲労だけでなく、心配・不安もつきまといますし精神的疲労もかなりのものになります。
やらなければならないこともたくさんあるのは確かです。
なんでもかんでも一人で抱え込むのではなく、介護サービスに頼ったり、他に家族がいるなら他の家族に甘えることも大事かなと思います。
て書いていても「きれい事」だと言われそうですけどね…。
おっしゃるように介護の世界ではきれい事だけですんなりいくものではありません。

きれい事ついでに書かせてもらいますが、介護の世界に放り込まれると、「介護しなければならない」「介護させられている」という気持ちにどうしてもなってしまいますが、「介護させてもらっている」という考え方にちょっとでもシフトできると少しは気持ちが楽になるかなと思います。
親や妻・夫への恩返しができているとか、先々介護を受けている人が亡くなったときに達成感というか、親族の死に際して引きずりにくくなるというか、気持ちよく送ることができるかもしれません。
「(相手のためではなく)自分のための介護」みたいな視点ができると少しは楽になるかもしれません。
究極的には「介護させてくれてありがとう」と言えるといいですね。
もちろん中には理不尽な介護というものもあるでしょう。
虐待を受けていて疎遠になっていた親なのに介護しなければならなくなったとか。
そこでもほんの少し視点を変えることで、自分のための介護という考え方に少しはできるかもしれません。

最近あまり見かけなくなりましたが(北海道にはあまりないのかもしれませんが…)、「托鉢(たくはつ)」というものがあります。
笠をかぶった僧侶にチャリーンとお金を入れたりする、あれです。
これは僧侶のためにお金を入れているわけではなく、「自分のため」なのですね。
自分の修行のためです。
ですから、僧侶にお金を渡して(布施)、逆にこちらが「修行させていただいてありがとうございます」「得を積ませていただいてありがとうございます」というものなのです

よくわからない例えになってしまったかもしれませんが、介護も托鉢も、「相手のため」ではなく「自分のため」、と考えられたらいいかなと思ったのです。
身も心もいっぱいいっぱいになり、なぜ自分の時間を犠牲にしなければならないんだと理不尽に感じることもあるでしょう。
でも徳を積ませてもらっていると考えられたら少しは気持ちが楽になるかもしれません。

また自分もいずれは年とって介護を受ける身になるかもしれません。
そのときにはすでに、まさに身をもって介護の世界を知っているわけですから、親や親族、伴侶を介護することは事前勉強の意味合いにもあるかもしれません。しかも実践を伴った。

以前にも書いたかもしれませんが、自宅で介護するのが理想、自宅で看取るのが理想みたいな風潮がありますけど、自分は必ずしもそうではないと思っています
自宅であまり会話もなく静かに暮らしているのなら、施設で他の人との会話を楽しめた方がいいケースだってあります。
施設に入ったら刺激されて頭がしっかりしてきた、というケースもあるくらいです。
一方で環境の変化だとかストレスで、逆の方向に向かってしまうケースもあります。
ですから一概に何が正解とは言えません。
その人の元々の性格だとか、家族の負担の程度だとかあるいは家族の状況であるとか、多くの要素を考えて決断しなければなりません。
ですからなんでもかんでも在宅(自宅)で最期まで看るのが理想という風潮には疑問を感じます
それが家族にストレスやプレッシャーを与えているところもあるでしょう。

施設には利点も多くあるのですが、昨今の悪徳施設の報道もあるように施設選びも難しいですよね…。
しかしそんな施設ばかりではありません。
本気で入居者さんのことを思って動いてくれる施設もあります。
認知症だと日々症状が変わることもあります。
そこで適宜いろいろな工夫をして真剣に考えてやってくれるところだってあります。

ただ施設の形態によっては、部屋に一人でいることが多い、なんてこともありますから注意が必要です。
どういうタイプの施設が合っているのかとか、同じ施設形態でも雰囲気であるとか環境がぜんぜん異なるケースもありますから、複数の施設を実際に見学することも大事です。
とはいえ疲れていたら見学も正直おっくうに感じてしまうこともありますよね…。

なんて書いていたらきりがないですし、いくら書いても「きれい事」が必ず混じってきてしまいます。

介護者にとって一番大事なのは
・自分の時間を強制的に作ること
・自分一人ですべて抱え込まないこと
かなと思います。

真面目な人ほど上記が実践できないかもしれません。
弱音を吐いたらダメ、とか思っているかもしれません。

でも介護をしていれば多くの人と関わりはあるかと思います。
誰でもいいので(いや、一応人は見極めて)、自分の本音だとか弱音を打ち明けてみてもいいのではないでしょうか。

自分が潰れたらどうにもならないのです。
「まず自分が大事」くらいの気持ちでいて欲しいと思います。
そしてたまには自分で自分を褒めてください。
「頑張ってるな、自分」とか。
それに、頑張っている姿は必ず誰かが見ています
面と向かってはなかなか言われないかもしれないけど、「頑張っているね」と思われているはずです。
絶対に誰かが気に掛けています。
ひとりじゃありません。

それに介護されている方からも感謝の言葉がないかもしれないけど(うまく言葉で伝えられないケースもありますし)、心では絶対に感謝しているはずです

今回は介護疲れ・介護ストレスの悪循環をサプリでうまく断ち切れたケースかと思いますが、そこで一旦冷静になって介護に対する考え方とか姿勢を少し変えるだけで、あとはサプリも必要なくいけるかもしれません。
ただ肉体的疲労・精神的疲労が続くとビタミン・ミネラルを消費してしまいますから、栄養はしっかり摂らなければなりません。

どうしても「介護」というテーマはマイナスのイメージがつきまといますが、少しでも「プラス」を見つけられるとよいですね。
ってやっぱりきれい事ですかね。