いいとこ取り

前回のブログもそうですが、医療に関して標準療法一辺倒でも代替療法一辺倒でもなく、「いいとこ取り」をすればいいという考えです。
いいとこ取りしてうまくやっていけばいいのです。

これは何にでも言えることで、例えば「サプリ」に関しても特定のメーカーに固執する必要はなく、いろいろなメーカーのものをいいとこ取りすればいいと思います。

「考え方」もそうです。
すべての考えが一致するなんてことはまずありません。
選挙前になると、ネットで自分の考えを入れていく(チェックしていく)とどの政党が一番合うか、なんてサイトが出てきますが、100%合致する政党なんて出てきません。

自分はこれまでブログでいろんな本を紹介してきました。
しかしその著者の方すべてに賛同しているわけではありません。
本に書いてある内容に100%賛同しているわけではありません。
良いこと「も」書いてある、参考になること「も」書いてあるということで紹介しています。
とはいえ、良いことがいっぱい書いてある、参考になることがいっぱい書いてあるものを紹介していますが…。
しかもこれは自分にとって、です。
ですから他の方には全然響かない本もあるでしょう。
考え方や感性は人それぞれですから当たり前です。
いや間違えた、当たり前田のクラッカーです。

自分の考え方や方針などに賛同してくださっている方などがこのブログを読んでくれていたりするのかと思いますが、当然自分に合わせる必要はなく、自分に染まる必要もありません。
自分自身だって日々変わることもあるのですから。

正直本を読んでいると、自分の考え方とは真反対のものもあったりします。
それでさえ、一文でも参考になるところがあったりします。
これは極端な例ではありますが、その一文を自分の知識に取り入れていくのです。
いいとこ取りです。

もちろん自分にとって参考になること、ためになること、賛同できることがたくさん書かれた方を読む方が満足度は高いですし効率も良いです。
ただその場合でも、著者に100%傾倒するということはまずありません
その人のことを直接知っていればその可能性もなきにしもあらずですが、100%知っているわけではないので。
どんなに気に入っても98%くらいにしておきます(98%に根拠はありません。例えです)。
100%傾倒するということはとても危険なことです。
それはその人の一部になってしまうようなものですし、「自分」がなくなってしまいます。まるでその人に自分が癒合してしまうような感じです。

100%同じ考えの集団というのも非常に怖いものです。
ちょっとでも違う考えを持ったら村八分ですから。
それに100%同じ考えの集団は進歩がないでしょう
ちょっとした乱れがあるからこそ進歩・発展するものです。
多様性があるからこそ発展するものだと思います。
真っ白だけの集団はいつまでたっても真っ白のままです。
そこに青や赤や黄などが混ざってグラデーションができたり、美しい色彩になったりするのです。黒だって重要なアクセントになります。

まるで哲学的なメルヘンチックなことを書いてしまいましたが、自分はそこまで頭良くなくボロが出ちゃいそうですし、そこまで乙女でもないのでこの辺にしときます。

「いいとこ取り」の話に戻ります。
以前にもどこかで書いたような気がしますが、医療においても「いいとこ取り」をお勧めします
例えば栄養療法の分野においてです。
今や栄養療法の宗派?もいろんなものがあります。
ベースは一緒でも細かいところの主張が違っていたりします。
自分もいろんな栄養療法の宗派?を学んできたつもりですが、学んでいる身でありながらやはり「んっ?」って思うところがあるのです。
だいたいある特定の一つの栄養療法の宗派でみんながみんな健康で長生きしているわけでもないのですよね。
当然いろんな要素が絡み合うことですので、みんな良くなるわけではないのは当然のことですが…。

いろんな要素が絡み合うからこそ一つの栄養療法の宗派に傾倒するのは危険なのです。

学んだ人の中にはほんと「それだけ(自分が学んだ栄養療法)」って感じの人が結構いるのです。
ある看板医師を教祖様のように崇め、それこそ「マジで宗教だな」、と感じるときがあります。
講習に出てみると良くわかります。
「うわぁやべぇなぁ。気持ち○りぃ(←自主規制)。」って感じるときが結構ありました(今はその宗派の講習には長年参加してませんけど)。
そんな中でもためになる内容もありましたから「いいとこ取り」です。

たいていどの栄養療法の宗派にもサプリメーカーにも看板医師みたいなのがいるのですよね。
その先生たちは本当それだけですべて解決できているのだろうかと疑問に思ってしまいます。
そのメーカーのサプリすべてが本当に世界で一番良いと思っているのだろうかと。
やはりそこにはビジネス臭を強く感じてしまい、自分は遠ざかっていきました。
(だからといってその宗派を否定しているわけではなく、栄養療法を啓蒙していることは素晴らしいことだと思っています)

で、こう書いてあることも一意見であり、すべて正しいとは限りません。
ブログをいつも読んでいただいてとても嬉しいのですが、「いいとこ取り」していただければと思います。
いいとこあればの話ですが。

いろんな意見、考え方、感じ方があって当然なのです。
正直いまだにコロナワクチンを強く推奨している人とはわかり合えないでしょうし理解もできませんが、そういう意見が合っても仕方ないとは思います(1万歩譲って)。
なぜそんなに推奨するのだろう?どういう考え方の構造になっているのだろう?どういう頭の回路になっているのだろう?とまるで違う生き物を観ているかのように、逆に興味が沸くところもあります
そしてそんな人でも、ワクチン以外のことについては数%でも考え方が同じところがある部分もあるでしょう。
そういう部分を見ていけば争いは少なくなるのでしょうね。
とはいえ、とりあえずワクチン打って体調不良起こした患者さんの尻拭いは責任持ってしっかりやっとけよって話ですけど。

効果云々抜きにして「ワクチン打つことで安心感が得られる」とのことで、自らワクチンを求める人々もいるのです
「コロナで死ぬよりワクチンで死んだ方がマシだ」という人々がいたのは有名な話です。
正直自分はまったく理解できない考え方ですが、そういう考え方の人がいるのも仕方ないことですし、説得してもまずもって無理でしょうし、遠くから眺めているしかありません
説得して立ち止まってくれる人もいるから情報提供をしたり話したりはしますが、強引に自分の考えを押しつけるのは良くないでしょう
あくまで自分たちにできることは「きっかけ」を与えるくらいです。
気づいて行動を変えるかはその人によるものです。
賛同できない方も多いでしょうが、「ワクチンを打ちたい」という気持ちを尊重してあげるのも本当の愛なのかもしれません
とはいえ自分は頼まれても絶対に打ちませんけど。

抗がん剤と同じ構図ですね。
大切な人が癌になって、その人は抗癌剤治療を望んでいる。
本人にとってはそれが生きる希望なのです。
100%確実に癌をやっつけられる術を知っているならまだしもそれができないなら、抗がん剤を受けたい気持ちを強引に引き留めるなんてことはできません。
それに本当に抗がん剤で経過が良好なケースもあったりするからやっかいなのです。
毒になってしまう可能性が高いし逆に寿命を縮めてしまう可能性が高いけれども、なんともなく乗り越える、もしくは癌をうまくコントロールできてしまうことも実際にあるのです。

抗癌剤治療しても副作用を乗り越えている人もいっぱいいますし、コロナワクチンもワクチン打って何もない人もいっぱいいます。
端から見ていると運試し・ロシアンルーレットだよなと思ってしまう部分もありますが、本人にとってはそれが自分の生き方なのです
人様の生き方に他人がとやかくいうことはできませんし、ましてや強引に変えることなんてことはできません。

逆を考えたら良くわかると思います。
自分はワクチンを受けたくない。
でも説得されて強引にワクチンを打たされる。
そんな理不尽なことはありません。

ワクチンを打たないようにとその人の行動を強引に変えようとすることは、自分が強引にワクチンを打たされるのと同じようなことではないでしょうか。

我々は情報提供し、本人が自然に気づいて行動を変えてくれることを待つことしかできません。

「いいとこ取り」の話からずいぶんと脱線してしまいましたが、こういう考えも一つの考えであってみんなの正解ではないということです
なるほどと思ってくれたらいいとこ取りしてくれればいいだけの話です。

そして「この考え方はおかしいよ」と思って自分にご意見を送ってくれたとしても、こちらは「そうですね。そういう考え方もありますね。」としかいいようがありません。
しかしそんなご意見の中にも自分にとっての気づきがあるかもしれませんし、なるほどと思うこともあるかもしれません。
そんなときは自分もいいとこ取りさせていただきますので。
(ご連絡いただいても必ず返信できるとは限りませんのでご了承ください。そして電話でのご意見はやめてください。着拒否します。)