戦争と平和

戦争と平和。
ありきたりなテーマですがまさか自分が戦争と平和について書くなんて思ってもいませんでした。
でも戦争がなかなかなくならないこの地球において、ふと思ったことがありました。
そんなただの独り言です。

戦争ってなぜ起こるのでしょう。
領土拡大だとか、地下資源獲得のためとか、軍産複合体にけしかけられて始まってしまうとかいろいろ理由はあるでしょう。
というか現代では一番最後の「軍産複合体にけしかけられて(=軍需産業の儲けのため)」がほとんどでしょう。
今どき領土拡大するぞ!なんて意気込んでいる国はほとんどないと思います。
(もちろん根底には一部の集団による優性思想によって他の民族をなくしてやる、みたいな考えもあるのでしょうが…いまどきね)

核のことも何か矛盾しています。
抑止力のためといいながら、実際使えば絶対相手からも打ち込まれてくるはずで、そうなればどちらも大きなダメージを受けます。
実際に使われることなんて想定しにくいのになぜそんなものを持つのか。
不思議でなりません。

というか今どき、自国民を犠牲にして戦争をしようとする国のリーダーがどれほどいるのでしょうか。
みんな今ある土地で問題なく生きていけているのですし、そのままでいいじゃないですか。
(北方領土についてはその経緯からも納得いかないところはありますけどね)

この世から「戦争」がなくなったらどうなるでしょうか。
「戦争」という言葉、概念がなくなってほしいものです。

戦争という概念がなくなれば、毎年の莫大な「防衛費」が必要なくなります。
『25年度の防衛費と関連する経費は総額9兆9千億円だった。』
とのこと。
防衛関連予算、GDP比1.8%に上昇 2025年度

しかも近年不自然に加速度的に増えています。

日本の防衛費の推移 : 「1%」の枠を捨て、当面の目標は「2027年度2%」

明らかに軍事産業から圧力かけられているように感じます。
(強引に防衛費を増額させられている)

戦争を考えなくて良い世界になったら、このお金がまるまる他のものに使えるのです。
いまや社会保障費が大変なことになっていますが、そんな問題もすぐに解決できるでしょう。
あるいは人・モノを破壊するために技術革新するのではなく、人のためになる技術の開発に費用を回せます。

戦争という概念がなくなれば一気に世の中が平和になります。
国民の生活も豊かになるでしょう。

軍需産業で働いている人々はどうしたらいいのかという話ですけど、正直そんなの知らん。
でも上記に書いたように人のためになる技術の開発に従事するようになればいいでしょう。
人のためにできることはいくらでもあります。
軍事技術は本当すごいですからね。
きっと皆さんの中にはDARPA(国防高等研究計画局)をご存じの方も多いですよね。

元防衛相の稲田さんは軍需産業の株を大量に持っていたようで(夫名義で)、戦争なくなれば大きな痛手を被るでしょうがそんなのは知らん。

確かに自分の身は自分で守るという観点から、しっかり武装しておいた方がいいと思ったこともちらっとありました。
しかし、「防衛」とか考えなきゃいけない時点でおかしいのです
そんなことを考えなくてもいいような世界になればいいのです。
「戦争」という概念・言葉がこの世からなくなればいい話なのです。

そのためには世界的なルール作りが必要になってきますが、国連なんかちっともあてになりません。
紛争解決に役に立った試しがありません。
そもそもが「国連」という訳がおかしい。

日本人が国連に持つ“美しき誤解”世界の紛争を止められないのは機能不全?特命全権大使「国連には人も金も軍隊もない」「結局動かしているのは主権国家」

「United Nations」がなぜ「国際連合」という訳になるのかがわかりません。
上記記事にもあるとおり「United Nations」の正式な訳は「連合国」です。
「日本との戦争に勝った国が作った」と書いてありますね。

根本として国連に期待する方がおかしいです。

国連への日本の拠出金は米国、中国に次ぐ世界第3位のようですが(2025年度で約350億円!)、日本ってそんなに豊かなんですかね。
各国から集められたお金がすべてまっとうに使われているとは到底思えません。

国連分担金とは 米国が負担率最大、中国が2位に

『米国の未払い金は国連平和維持活動(PKO)予算も合わせると足元で約30億ドル(約4450億円)に達する。』
とあるように米国は滞納しているようで…。

戦争という概念がなくなれば、このお金も必要なくなるでしょう(一応国連には他にもやっている風な仕事はあるようですが)。
国民のために使うことができます。

しかし戦争の概念が消えるって、どうすればいいのでしょう。
スピ系でいえば次元上昇だとかそんな話になるんでしょうけど、自分は普通の地球人です。

連合国・United Nations(国連というまやかしの言葉が使われている組織)みたいなものはなくして、各国が平等に参加できる組織を作って、戦争をけしかけた国があったらその国の領土は没収!みないなルール作りをするとか。
ちょっと激しいルールですけど。

あるいは地球規模で痛い目に遭わないと目を覚ませないのかもしれません。
例えば災害があると、一致団結の気持ちがわいたりしますね。
それの巨大版です。
そんな出来事が起きないとダメなのかもしれません。
そういうふうにはなって欲しくないですけど。

本当は皆が自然に「戦争」という言葉・概念を無くすような気持ちになれたらいいんですけどね…。
しかし軍産複合体がある限りはなかなか難しいだろうという現実に直面します。

そこら辺のみんなだって、誰も戦争したいとは思いませんよね。ふつうは。

一部の巨大な権力を持った人間が金儲けするために戦争を仕掛けるのがほとんどでしょう(もちろん民族間のいざこざもあるでしょうが)。
そういう計画を立てる人は高みの見物で、どこかよその国の人間がいくら死のうがかまわないと思っているのです。

本当人間って愚かです。つくづく思います。
一部の人間は悪魔です。

戦うことをやめてみんな仲良く生きたらいいのにね、と思うのですが…。

日常の争いとかも、そういうのってすごく疲れるじゃないですか。
そんなことにエネルギーを注ぐのならもっと建設的なことだとかに使えばいいのにと思います。

日常の争いのわかりやすい例でいえば、「コロナワクチン推奨派vsコロナワクチン反対派」
お互いがお互いを攻撃しあったりする様子がありました。
SNS上では特に。

自分も自分の考えとかブログに書き続けてきましたし、あまりにもおかしいことはたまには汚い言葉持も使っちゃいました。
だけどその人自身に直接攻撃を加えるということはしたことはありません。
話にならないだろうし、無駄な労力とわかっているからです。
強引に推進派の意見を変えてやろうとは思ってもいませんでした。
自分はただただ気づく人が一人でも増えればいいなと思ってブログを書き続けてきました。
そして気づく気づかないもその人のタイミングというものもあります。
ですから強引に説得するということもしてきませんでした。

「強引に」ということが争いの火種になりますしね。
アナタは私の従属物ではないのだから、強引にその人の考えを変えることはできません。
自分で気づいてもらうのみです。

自分はまだましな方でしたが、これまで変な電話やメールが数件ありました。
ワクチン接種全開の頃ですね。
当然ワクチン推進派の人間からでしょうが、いわばケンカをふっかけられているようなものです。
いや、別にケンカふっかけられたわけでもなくただの嫌がらせ電話だったのでしょうけど。
そんな電話かけてきて、
「私が間違っておりました。これからワクチン接種に邁進してまいります。」
って考えを変えて言うとでも思っているのでしょうか?
本当ア○で暇な人だなぁと思いました。

今思えば「コロナワクチンは素晴らしいですね~。人類の救世主です。これからワクチン接種に邁進してまいります。」と言って電話切れば良かったと思います。
当然完全相手をおちょくっての発言ですけどね。

ケンカふっかけられると反射的に反抗してしまうでしょうが、さらっと流してしまう達人になりたいものですね。
何かされたときは法的なことを持ち出して対抗しようとしてしまいがちですが、対抗するのではなくさらっと受け流す。
それが一番疲れません。
もちろん法的に対処しなければならないときもありますが、日常で起こるこのような事は相手も相手でしょうもないことばかりです。
まともに向かう方がバカをみます。

なんだか話が脱線気味ですが、つまりは「コロナワクチン推奨派vsコロナワクチン反対派」という戦いもいらないということです。
中にはリスクの高いワクチンだということを知りながら推奨している人もいるでしょうが、それは悪魔です。
単純にワクチンは素晴らしいと思い込んでいる人とは争っても仕方ありません。
勉強不足だとか洗脳されているとか感性がないとか、どんな理由でか知りませんがコロナワクチンが素晴らしいと信じてしまっている。
そんな人と討論しても話はかみ合わないし争いになるだけです。
そんな人と間違ってワクチンの話になってしまったら、さっさと別の話題に移るのみです。

大切な人を守るために、後悔して欲しくないからとの思いで家族に説得をこころみた人もいるでしょう。
人のためを思っての行動で素晴らしいことなのですが、相手からしたら残念ながら「余計なこと」にしか映りません
家族の説得で悩んだ人は多くいますね。
家族からの話であろうと、信じてくれないし聞き入れてくれないのです。
諦めきれないかもしれませんが、これも結局はタイミングなのです。
その人が気づくタイミングというものがあるので、それを待つしかありませんし、ただただ情報提供をすることくらいしかできません。
「タイミング」で片付けていいのか!と思われそうですが、そう考えないとやっていられませんし、深入りすれば争いになり家族断絶になるだけです。

家族も含め「こんなワクチンを信じてしまう人もいるんだぁ」くらいの気持ちで、高い視点から眺める姿勢も大事かもしれません

人の考え、信条はいろんなものがあります。
正直「コロナワクチンは素晴らしい」と言う人の気が知れませんが、残念ながら表面上はそんな考えの人も受け入れなければなりません
考え方に多様性があって当然のことです。
いろんな考えがあってもいいけど、ただ「戦争・争い」に関してはみんな一致する方がいいし、やっぱり「戦争」という言葉がこの世から無くなればいいと思います。

正直戦争についてこれまで深く考えたことはありませんでした。
平和活動なんてしてませんし。
でも戦争のことをちょっと考えはじめたら、ただただ「人間って愚かだな」って強く思ってしまったのです
素晴らしくもなれるはずなのにとてももったいない。
それを伝えたくてブログに書きたくなっちゃいました、という話でした。