医療においてはいろんな「基準値」が設定されています。
身近なものでは、血液検査しかり血圧しかり。
多くの科にまたがっていろいろな検査が膨大にあります。
それぞれに基準値が設定されています。
一番ありふれた血液検査や血圧についてのことですが、「基準値」に固執している人が結構いるんですね。
今やあまりにも厳しくなった高血圧基準に疑問を呈する医者も増えてきた印象はありますが、それでも数字にこだわる人がいます。
血圧や血液検査の数値に固執しすぎる医者にあたってしまったら、さぞ息苦しい医療を受けることになるでしょう。
基準値はあくまで目安であり、人の体の特性は人それぞれです。
そういうところを加味せず基準値にこだわる、そんな頭の固い医療者が一定数いると思います。
検査したときのストレス具合だとかによって血圧が変動するのは当たり前ですし、血液検査にすら変化が出ることだってあります。
その辺を加味して判断しなければならないのに、臨床検査会社や学会などが設定した「基準値」だけで判断するのであれば、医療者は人間である必要はないでしょう。
これだけAIであるとか技術が発展しているのですから、それらにすべて任せることができるのではないでしょうか。
検査したら自動でコメント作成してプリントアウトし、次にどの検査をすれば良いかまで提示してくれるでしょう。
検査結果というものは出てきた数字だけではなく、数字に出てこないところもみて判断するものです。
その人の性格であるとか、生活スタイルであるとか、家庭環境であるとか、もちろん内服している薬であるとかサプリであるとか。
いろんな背景を加味して判断しなければなりません。
そして基準値にこだわる人は医療者だけはなく、もちろん患者さんにもいます。
ちょっと基準値超えただけで気になってしまう人とか。
その気持ちはわからなくはありません。
血液検査で何かマークがついてしまったら気になりますよね。
ただその基準値もいろんな思惑で決められた疑いのあるものもあり(コレステロールのことです)、判断するには社会の裏側、医療の裏側、製薬会社と医療の関係など知っておかなければなりません。
今回は「血圧」にまつわる一つのケースを紹介したいと思います。
実はこの話、前回のブログに書いた「まぁまぁそれはそれは大きなマイナスのエネルギーに触れる機会があり…」の話です。
いつか機会があれば…なんてこと書いていましたけど、速効書いています。
始まりは1本の電話でした。
ケアマネさんからの電話で、「○○さん(Aさん・男性)が訪問診療先を変えたいという要望があったので、情報提供書をお願いします」とのこと。
来る者拒…みます(接種者の新規は受けておりません)去る者追わずのスタンスですから、通常であれば別に問題はありません。
でもこの患者さん、自分が開業する前の以前勤めていたクリニックから担当していた患者さんですし、約15年くらいの付き合いになる患者さんだったのです。
しかも前日診察したばかりで、そのときは特段問題もなく、普通に玄関まで見送りに来てくれたのですね(施設入居の方で片麻痺があり歩行がスムーズではないにも関わらず、毎回見送りに来てくれていました)。
ですからケアマネさんからの電話で、自分も看護師さんもビックリです。
「なぜ?なぜ?」ですよ。
ちなみにこの方はコロナワクチンは未接種でした。
自分の説得が効いたというよりも、ご本人の強烈な注射嫌いが奏功して、未接種を貫くことができました。
理由を知りたいとしても、本人に直接連絡する術がありません。
というのもAさん、携帯電話すら持っていなかったからです。
ケアマネさんに確認するにしても、今の時代いろんな思惑で…ということもありうるため、本人に聞くのが確かです。
本人に聞くには直接行くしかない。
しかしなかなか時間がありません。
日中は他の診療も入っているし、夕方以降も自費診療が入っているしで…。
しかもそのAさん、デイサービスなどで予定がびっしりなのですね。
そして唯一時間が取れそうな土曜日の昼間に突撃してきたのです。
Aさんは驚いていましたが、結論は「血圧を放置して寄り添ってくれなかったから」とのこと。
正直それ聞いたとき、「えっ?」って思いましたよ。
確かにこの方はもともと血圧が高めで以前降圧薬を飲んでいました。
しかし血圧が低くなることがあり、少しずつ降圧薬を減らしていたのですね。
そして一番少ない用量の降圧薬1錠(アムロジン2.5mg)だけ飲んでしました。
しかし約半年前、血圧が100代、デイサービスなどでは100を切ることもでてきたんですね。
同時に原因不明の急激な体重減少も起きてきたのです。
四肢も冷たいのです。
80歳近くになろうともあるのに、血圧が100代なんて普通に考えて低すぎます。
四肢の冷感も低すぎる血圧の影響の可能性もあるでしょう。
血液検査でも腎機能は低下傾向にあり、血圧が過度に低くなれば腎血流も悪くなってさらに腎機能が悪化する可能性もあります。
すぐに降圧薬を中止しました。
ついでに体を温める漢方を開始しました。
すると突然元気になったのですね。
体重減少も急に止まり、四肢も暖かくなってきました。
その後降圧薬は中止したままだったのですが、血圧は140代くらいになり、その後160代くらいになってきたのです(診察時)。
Aさんは血圧の数値に固執するタイプでした。
デイサービスでは150~160代くらいが多いとのこと。
年齢的にはほぼ適正です。
低くなることもあるから降圧薬の再開は慎重にいきましょうと再三説明し、降圧薬は再開せず経過をみていました。
というのもデイサービスで血圧が160と出ても再検すると120に落ち着くとかあったようですので、再開は慎重に考えていました。
あるいは依然として100台になるときもあるとのことでした。
あるいはデイサービスの送迎で、車の中で測ったら110台だったということもあったようです(車の中で測るのもどうかと思いますけどね)。
冬の雪道での揺れる車の中ですら110台なのですから、降圧薬の再開は見合わせるのが当然です。
つい最近の2026年の4月ですら、血圧が上がることもあれば100台になることもある状態だったのです。
(これらの経過はすべてカルテに記録しています)
しかし、5月に入りデーサービスでも血圧高いといわれることが多い、と話を聞き、本人も心配そうなので、アムロジン2.5mgを再開したのですね。
これが最終の診察日の出来事です。
本人は再開したことを知らずに(ちゃんと説明したのに…)、「血圧を放置した」と主張されたのです。
Aさんは、トータルで血圧をみているのではなく、一度でも高い数値が出てしまうとそれに固執してしまうタイプだったのですね。
1回目の測定が160、2回目が120だったとしても、「160」の数字にこだわってしまうのです。
その辺を説明しても理解が得られていなかったようでした。結果的には。
そしてAさんの性格の特徴があります。
悪い表現ですが、「瞬間湯沸かし器」のようになってしまうことがあるのですね。
それでデイサービスでも大声上げたりしてたびたびトラブルになっていたのでした。
つまり、精神的なものから血圧上昇が起きやすいタイプだったのです。
その辺も加味して、安易な降圧の再開は様子をみていたのです。もちろん本人にも説明して(性格のせいで血圧上がる、なんてことは言いませんでしたけど)。
これまでも以前のケアマネに文句を言ったり、施設に文句を言ったりで、かなり大きな声で不満を述べる姿を幾度となく見てきました。
あいにく15年間自分に向けて瞬間湯沸かし器になることはなかったのですが、最後の最後にやられました。
土曜日、自分が突然訪問すると「今日は本音を言わせてもらう!」ともう最初っから湯沸かし器状態です。
「血圧を放置した」とか「寄り添ってくれなかった」とか。
こっちとしては半年前からの流れで降圧薬を一旦中止し、最近でも血圧が低くなるから、というちゃんとした理由もあったし、その都度説明してきたし、なんなら数日前のの診察日に降圧薬を再開すらしています。
しかし一度火がついてしまうと、さらに自分勝手に燃え上がってしまうのですね。
冷静に説明しても「言い訳だ」とか言われる始末。
言い訳なんてさらさらするつもりないし、ただただ冷静にことの流れを説明しているだけなんですけど、こういうときって相手にしたら言い訳にしか聞こえないのでしょうね。
15年間の信頼が崩れ去ってそれは悲しいことですが、「あぁこれはわかってもらえないな」と思いました。
放置していたわけではないよ、寄り添っていなかったわけではないよ、ちゃんと理由があったんだよと、少しでも納得してもらえたらと思っていたのですが…。
別に、自分のクリニックに戻ってきて欲しいなんて下心は一切ありませんでした。
あの湯沸かし器を見て「(こっちの方が)もうダメだ。受け付けられない。」と思いましたから。
Aさんは繰り返し繰り返し同じことを大声で主張し続け(放置した、寄り添ってくれない)、自分はただただ「自分の説明不足でした」と患者さんの主張を引き受け、謝っていました。
はっきり言って、いくらでも言い返すことはできます。
しかしここでケンカしたってしょうがありません。
一応こちらの主張は伝えましたから、それを理解してもらえない(できない?)のであれば仕方ありません。
せっかく15年間信頼し続けてきてくれたのですから、最後くらい丸く収まってくれればいいと、それだけを思っていました。
でも火はなかなかおさまりません。
施設の一室だというのにかなりの大声でがなり続けています。
繰り返し同じことを言ってくるし、自分も「自分の説明不足でした」を繰り返すのみ。
「自分が未熟なせいでこんな嫌な思いさせてごめんなさい。言いたいことをずっと我慢させ続け、今もこうして嫌な思いをさせてすみませんでした。でもこのように本音を言ってくれて勉強させていただきました。ありがとうございます。」
なんて言ったり。これは本音です。
この年になると誰かに怒られるなんて機会ないですからね。
正直理不尽とも言えなくもない怒りですけど、Aさんが心の中に思っていた本心をずっと言わずに我慢し続けてきたことは事実ですし、本人なりに苦しみ悩んできたことでしょう。
15年の付き合いですから逆に相当言い出しづらかったと思います。
こういうケースもある、ということでは本当に勉強になりました。
でも学校の先生に怒られているような気分でした…。
燃え上がっている火を見て、「あぁ、大きな怒りのマイナスエネルギーだ。」と思って冷静に見ていたものです。
「あぁ、相当血圧上がってんな~」なんてことも思ったりしてました。
精神的には「仕方ないな」で自分の中では決着ついていましたし、つらいとか悲しいとかそんな感情は一切ありませんでした。
でも、巨大なマイナスエネルギーが面と向かって自分に向かっていたのですから、そりゃさすがに自分が気づかないところで、自分のエネルギー体が傷つくでしょう。
自分の周囲のエネルギー体は相当ズタボロにされたと思います。
だって、約1時間弱、この大きな怒りのマイナスエネルギーと対峙していたのですから。
だから、軽くくすぶっていた風邪っぽい症状が悪化するだろうなという予感があったのです。
自分で自分のエネルギーを緊急で修復できるような能力なんてありませんから。
塩まいとけば良かったかもと、あとになって思いましたけど。
結局最後はAさんは「自分はどうしたらいいの?」というのです。
つまり「ケアマネさんにクリニック変えることをお願いしちゃったけど、どうしたらいいの?」という意味でしょう。
ここで「自分がまた続けて診させてください」とかお願いすれば、そうなったのかもしれません。
でもさすがにもう無理です。
お願いするわけがありません。
説明しても理解してくれないのですから、仮に続いたとしてもまたこの先トラブルが起きるでしょう。
「ちゃんとこれまでの診療の情報を詳しくお手紙に書いて、データもすべて新しいクリニックに送っておきますから安心してください」
とだけ伝えました。
最後はAさん、突然黙り込んでしまったのですね。
1時間値かくも大声で怒鳴り続けていたのですから、さすがに疲れたところもあったのかもしれません。
帰るタイミングを伺っていた自分は「いまだ!」と心の中で思い、
「自分が未熟なせいで苦しい思いをさせてすみませんでした。またどこかで会ったら声かけてくださいね。自分も声かけますから!」
と言って部屋をあとにしました。
一回でも出てしまった大きな血圧の数字に固執してしまうパターンです。
しかも精神的興奮などで上がってしまうにも関わらず、ある意味自分で血圧を上げてしまっているところがあるのですが、その数値にこだわってしまうケースでした。
今回も180と書かれた、どこで測ったかわからない自動血圧計の紙切れの結果をポケットから出して文句を言っているのです。
これを放置したとか。
今まで診察時に180になったことなんてないですからね。
もはや「いちゃもん」と言っても良いかもしれません。
一人の患者さんが去っていくというのは残念なことではありますが、今回は仕方ないと思います。
診療に対する考え方が違うのですから。
Aさんは「血圧が下がりすぎてそれで何か起きたって文句は言わない」という考え方のようでした。
本人も今回そのように言っていました。
血圧が下がりすぎて、脳梗塞なったり心筋梗塞なったり、ふらついて転倒して骨折しても文句はないということです。
自分は自分が出す薬で逆に病気を引き起こすことは絶対に起こしたくありません。
医原病を引き起こすことは絶対にしたくありません。
このことは以前からブログにも書いてきています。
医原病撲滅第一主義でやっているといっても良いくらいです。
その人本来の寿命を健康的にまっとうしてもらうことを考えて医療を行っています。
いくら文句を言わないといわれたって、明らかに医原病を起こすことが予見されるのに薬を安易に出すとか、そんなマネは決してできません。
医原病は、場合によっては命を奪ってしまうことだってあるのです。
米国の死因ランキングでは医原病は上位に位置しているくらいです(日本ではしっかりした統計すらとっていない)。
つまり、たとえ患者さんが処方を望んでいようと、この薬を出したら逆に患者さんにリスクになるとわかって処方したなら、それは究極的には「安楽死」と同じようなことになりかねません。
副作用や後遺障害のリスクが高まると十分予見できるのに、わざわざ病人を作るようなことをするのは医師として愚かなことです。
でもAさんはそれを求めていた。
それを見抜けなかったのは、やはり自分が未熟だったのです。
血圧の数値にこだわっているのはわかっていましたが、医原病を起こすリスクを冒してまでも血圧の数値を下げたいとはさすがに思いもしませんでした。
そんな人はさすがにいないだろうという、自分勝手な思い込みもあったのでしょう。
まだまだ自分は若造です。
でも、そういう人、実はいっぱいいましたね。
コロナワクチンです。
「コロナにかかって死ぬよりもワクチンで死んだ方がマシ」
という考えの人が一定数いました。
おおよそ自分からしたら理解できない考えなのですが、そういう人種も確かに存在しているのです。
ほんと難しいです…。
実はこの患者さんの診療が終了すること、潜在意識で望んでしまっていたところもあったのですね…。
貴重な未接種の患者さんではありましたが。
ある意味、思考が現実化してしまったパターンでもありました。しかも速効で。
この患者さんの名誉のために書かないでおこうかとも思いましたが、今の時代許されることではないですし名誉もクソもないので書いちゃいます。
それは「セクハラ」です。
看護師さんにタッチするのは日常茶飯事でした。
血圧測るときに太ももや撫でてきたり。
最後の診察日ですら故意に膝を触ってきたそうです。
かなり昔のことですが、Aさんの診療日に自分が風邪を引いてしまって、看護師さんだけに様子を見に行ってもらったことがあったのです。
その際も抱きついてこようとされたりしたそうなのです。
気味悪く感じることも相当言われたようで、実はその頃から看護師さんは苦手としていました。
自分にすら「先生の耳かじっていい?」なんてこと言ってくるのです。
ほぼ毎回です。
そんな感じの気持ち悪いことを女性にも言ってくるのですね。
そんなセリフは半分冗談でしょうけど、実際にタッチしてくるので、リアリティのあるように聞こえてしまいます。
タッチに関しては過度なことに発展しないよう、看護師さんはうまく避けたりもしてきました。
あまりにもひどかったら問題提起しようとは考えていましたが、様子をみてしまっていたんですね。
これはこれで自分も良くなかったと思います。
女性にとったら少しのタッチでも気持ち悪いものは気持ち悪いですし、心の傷になりなかなか忘れられないでしょう。もっと早く本人に注意するべきでした。
ですから当初ケアマネさんからAさんの希望で診療が終了すると連絡があったとき、看護師さんは「自分のせいかな」と言っていたのです。
自分が避けたりして受け止めなかったから、という意味でしょう。
「いやいや、違うでしょ。それが理由だったらそれは冗談じゃない。」なんて言っていたんですけど、蓋を開けてみたら自分が原因でした…。
そして最後の診察時、お部屋の中が汗の臭いというか特有の臭いが強く、男の自分でさえ「うっ」となったのです。
寝汗が染みこんだ布団をずっと干さずに敷きっぱなし、みたいなときに臭うような感じのニオイです。
「これは夏になったら大変だな…。つらいな。」と思っていた矢先の、診療終了の電話だったのです。
ですから終了してほっとした部分も確かにあるのです。
セクハラのことは気にはかけていましたし、ニオイもあるし、施設だからワクチン臭のこともあるし、最後に感じたニオイも強烈で、「もうやだな」と一瞬強く思ってしまったのですね。
最後の診療終わって車に乗り込んだときに。
そうしたら翌日に突然の診療終了の電話ですからビックリです。
医療に対する考え方も異なるし、セクハラもあったし、診察終了してぜんぜん良かったのです。
ただただ面と向かって1時間近くも怒りのエネルギーをぶつけられたことが余計だったな、と正直思います。
最後の最後にエネルギーを削がれただけって感じで。
正直、薬好きな患者さんがいるのは確かです。
本当は飲む必要もないのにと思いながらも、患者さんが望むのであれば、問題ない薬だったら患者さんの要望にあわせて処方することもあります。
(最近はあまりそういうことしてませんけど)
でも今回は、血圧が下がりすぎた時期に原因不明の体重減少やら四肢の冷えが増強したので、さすがに患者さんの要望に応えて安易に処方するなんてことはできませんでした。
患者さんをつなぎ止めておくために患者さんの機嫌を取るように医療をする。
なんか違いますよね。
『医者が患者の機嫌をうかがう必要はない』
と、先日テレビドラマの中で伝説の心医ホ・ジュン先生も申しておりました。
でも今は訪問診療クリニックも乱立し、患者さんだけでなく施設や訪問看護にまでご機嫌取りをして、ゆがんだ医療を行っているところが増えているように感じます。
不必要な指示書を書きまくったり。
不必要な緊急往診に行きまくったり。
不必要な検査しまくったり。
そうしないと生き残っていけない世の中になってしまっています。
魂を売ってまでして医療を続けるべきなのか、って思ってしまいますね。
もちろん自分は魂を売る気なんてさらさらないですけど、そんなことをしていると本当に患者さんは減るし、無駄な検査・治療もしないから収入も減ります。
細々と信念を貫くしかありません。
機嫌を取るために安易に処方を出すとか、機嫌をとるために多少のタッチを我慢するとか、やはりそれはおかしなことです。
今回のケースはいろんな意味で機嫌を取る必要はまったくなく、だから終了でぜんぜん良かったのです。
でもやっぱりあの大きなマイナスエネルギーは余計だったと思います…。
