生きる力

人間そんなにヤワじゃない。

そんなふうに思わせてくれた一人の患者さんのお話です。

その患者さん、本日亡くなりお看取りさせていただきました。
94歳。
老衰です。
とても穏やかなお顔でした。

ほぼ寝たきりの状態が続いており、診察時は声をかけてもたまに少し反応があるくらいで、ずっと閉眼したままの状態が続いていました。
施設スタッフさんのこまめな観察と賢明な介護などにより、車椅子に乗せるとしっかりと食べれていたりしたのです。
水分も意外としっかり摂れていたのですね。

実はこの患者さんの1年前のデータを見ると驚きます。
貧血の程度を現すヘモグロビン(Hb)は7.1
すごい貧血です。成人男性の約半分くらいです。
元々貧血傾向はあったのですが、半年前の結果と比べても急に進行した感じでした。
確かに顔面も眼瞼結膜も白いのです。

そして腎機能を現すクレアチニンは2を超えていました(eGFRは16)。
心不全の指標を表すBNPという数値も400を超えていました。

貧血は腎機能低下による腎性貧血の可能性もあります。

腎不全、心不全もあり貧血もかなり強い。

診察時には開眼もしないし、体もむくみが出たりひいたり、血圧も波がある状態です。

これだけのデータを見たら通常は「もう長くはないかな…」と思ってしまいます。

遠方に住んでいるご家族は積極的な治療を望んでおらず、自然なままで経過を見て欲しいとのことでした。
腎性貧血に対する注射などもあるのですが、そのようなこともしませんでした。

少しでも余分な水分を排除したり、腎臓の流れを維持するために利尿剤を使用したり、血圧の薬も数値によって微調整したり、かといって内服薬によって腎臓など体に負担をかけることのないよう念頭に置きながら薬を微調整してやってきました。

体の内臓機能や貧血の程度からするとかなり厳しい状態です。
しかし上述のとおり、結構最近まで食事や水分はしっかり摂れていたのです。
4月の時点でも、硬いおやつを食べていたくらいです(この方の歯は全部自分の歯です)。
またカルテを見返しても、最近まで四肢の冷えもなかったのです。
結構冷えていて代謝が悪い感じの人多いのですが…。

「本当人間の生命力ってすごいな」
と、この方の診察をおこなうたびに思っていました。
「人間そんなにヤワじゃない」
って。

しかしだんだんと食事を食べないときも出てきたのですね。
ちょうど3日前にその方の様子を見に行ったのです。
そのときもいつもと変わらず閉眼している状態で、声かけにも反応はなかったのですが、診察中普通に自然な「咳払い」をしたのです。
こんな状態でも普通に咳払いするんだ…とちょっとびっくりしましたが…。

正直、貧血がどの程度すすんでしまっているのかとか、腎機能だとか心不全の指標はどうなっているかとても気になっていました。
しかしご家族は積極的な治療も望んでおられませんし自然に経過を見て欲しいとの要望でした。
検査をしてもそれが治療に結びつくことはありませんし、ひょっとしたらあとどのくらいもつかという予測の材料にはなるかもしれませんが(いわゆる余命みたいなもの)、自分にはそれは判断できません
よっぽど超ヤバイ数値ではない限り、データを見たところでその人の寿命がわかるわけありません。

つまり、この時点で採血をすることは自分の興味本位の行為になってしまいます。
本当にすごく興味がありました。
きっとまた相当数値は進行しているだろうけど、でも苦しさも感じず落ち着いて過ごしており、食事・水分も摂れている。
どのくらいまでデータ悪くてもそんなふうに苦しまずに食事水分も摂取しつづことができるのか。

興味本位の検査だったら、自腹で行うことも考えられます。
自腹でもいいくらい正直興味がありました。
それくらい、データと日常の様子と乖離があるだろうと思っていたのです。

でも、採血は当然患者さんに痛い思いをさせます
患者さんにとって無駄な苦痛を与えることになってしまいます。
ですから、1年前の採血を最後に、結局はその後採血はしませんでした。

3日前の診察の時はいつも通りの感じだったのに、本当亡くなると体がしぼむんですね。
お顔が本当小さくなっていました。
でも苦しんだ表情もなく、自然に旅立つことができたのかなと思います。

この方からは「人間の生命力のすごさ」「人間そんなにヤワじゃない」ということを学ばせていただいた気がしますが、もしくはやはり「人間にはある程度寿命は決まっている」のかもしれません。

1年前のデータを見ると、正直そんなに長くないかもしれない、と思っていたのです。
でもその後も食事も水分もとり続け、四肢の冷えもなく代謝が良い感じが続きました。
開眼することはほとんどないくらいなのに、なんだかんだこの1年落ち着いて過ごされていたのです。
なぜこの状態で食事・水分が安定して摂れているのか不思議なくらいでした。

そして高齢で亡くなる方のパターンとして、誕生日直前に亡くなるケースが多い印象があるのです。
あともうちょっとで誕生日だったのに、そこを乗り越えられない、という感じで旅立たれるのです。
今回の方も今月末がお誕生日でした。
このような場合、老衰を含めこの世で与えられた寿命をまっとうされたケースが多い感じがします。なんとなくですけど。

今日お看取りの時にお顔を拝見して、
「きっとこの方は与えられた寿命を最後までまっとうできたのだろうな」
と感じました。

きっと最後の1年は肉体的にはかなりやられていたであろうに、強い魂が肉体を維持させ引っ張っていたような感じです。あと1年地球にいるんだよって。

そしてデータは参考にはなるけれど、データに惑わされるのも良くない、ということも学びました。
ある程度その辺は理解していたつもりではありましたが、あのデータでもここまで頑張れるんだと驚きました

ちなみにこの方はコロナワクチン未接種です。
自分がフォロー始めた3年前からはインフルワクチンも未接種です。
そしてこの1年は無駄な検査すらもしませんでした。
一応内服薬による少しのサポートはありましたが、他の医療処置がなかったということはほぼ純粋にまっさらに寿命をまっとうできたと言えるのではないでしょうか。
医原病とは無縁に。

そのような形で寿命をまっとうされ、それに関わらせていただいたことは自分もありがたく思っています。

誰一人として同じ経過をたどることはありません。
医者にとっては一人一人から学ばせてもらっているな、と、つくづく感じます。
医者何年目になっても、皆から学びがあります。
キリもないしゴールもありません。
決して格好付けているわけではありません。
本音しか書いてませんので。

しかしこういうのって、AIが主治医になったらどんな医療になるのだろう…って思ってしまいます。
そこには「温かさ」とか「感謝」とか、そういう感情のやりとりってあるのかな、って心配になってしまいます。
いずれ「人間的温かさを求めるなんて時代遅れ」なんて時代が来るのでしょうか。
AIロボットが看取りだなんて、AIがお悔やみの言葉を述べても、ちっとも心に響かないでしょうね。

やはり魂(意識)同士のやりとりって特別なんだと思います。

最後よくわからないまとめでしたが、眠くなってきてしまったので…。
よくわからない感じに終わりです。