先週のブログでは、お問い合わせに関していろいろと苦言を呈してしまいました。
そんなときに本屋さんでたまたまこんな本を見つけてしまいました。

タイミング良くこんな本が平積みになって置いてあり、目につくなんて…。
もちのろん早速購入しましたよ。
先日の問い合わせに限らず、本当最近「自分勝手」、まさに「自分のことしか考えられない人」が目につくようになりました。
最近では、とある施設での出来事。
玄関入って、来訪者に名前書いて、手を洗って、エレベーター乗って…という流れがある施設。
ちょうど直前にマッサージだか鍼灸だか男性一人が入っていったんですね。
で、マッサージ屋さんの男性が来訪者の用紙に書いて自分が後ろに並んでいる最中、看護師さんは先に手を洗っていました。
そしてエレベーターのボタンを押してエレベーターを呼んでくれていました。
流れからはマッサージ屋さんが先にエレベーターになることになります。
でもシェディングの可能性ありますから当然一緒に乗るつもりはありません。
看護師さんは親切心からエレベーター呼んでくれたのですね。
で、自分が手を洗っている間にエレベーターはやってきました。
マッサージ屋(ここから「さん」付けなし)と看護師さんはエレベーターの前に待機しています。
するとどうでしょう。
そのマッサージ屋、「ありがとう」とか「すみません」とかなんの一言もなく我先にとエレベータに乗り込んだのです。
そして一緒に乗るか確認もせずに閉じるボタンを押して上に上がっていったのです。
普通だったら一緒に乗るか確認するとか、自分の手洗いだってそんな時間かかるわけでもないのですから「開」ボタン押して少し待つとかしませんかね?
そもそもエレベータ呼んだのうちの看護師さんですよ?
看護師さん曰く、「表情も目もすごく感じ悪かった」とのこと。
なんでそんな仕打ち受けないといけないんでしょうね。
まさに「自分勝手」「自分のことしか考えられない人」「礼儀のない人」の典型例ですね。
自分のためにエレベーター呼んでおくのが当然、みたいな社長か芸能人気取りなのでしょうか?
こういう人がいるから安易に親切にするもんでない、という考え方もあるかもしれませんが、そうしたら社会全体がギスギスしてしまいます。
冷たい世界になってしまいます。
さて冒頭で紹介した本、字は大きめだし結構読みやすいかと思います。
加藤諦三さんという昔っから多くの本を出している心理学者です。
「自分のことしか考えられない人」「自分の都合しか考えられない人」は、「他人という現実がない人」であり「ナルシスト」だと説いています。
興味があるのは自分のことだけで、他人のことには関心がない。
なるほどです。
「自分のことしか考えられない人」「自分の都合しか考えられない人」が全員ナルシストなのかどうかはわかりませんが、確かに当てはまるような気はします。
著者もいろんな人から相談の手紙とか来るそうです。
相手の都合を無視して質問に来るとか、「一度も会っていないが、すでに友だちになっている。」なんてことも書かれていました。
まさに先日のメールは、文体がもはや友だち感覚でした。
ナルシストは勝手に「友達」だと思い込んでしまうようで、
『自分が相手を友達と思えば友達なのである。だから、すぐになれなれしくする。』
と書かれています。
相手との関係を自分が決めているのですね。
確かに、何度かやりとりして、っていうんだったらわかるのですが、初っぱなから友達感覚で相談してくる人っているんですよね。
しかもたいてい長文。
しかも要点がよくわからない。
この本にも書いてありますが、まさに「ずうずうしい」。
でも勝手な質問だとかそんなことではないメールでも、最初っから「なれなれしい」メールを突然送ってくる人がおり、非常に違和感を感じます。
自分はブログで発信したり経歴も公表していますから、相手は自分(セキネ)のことをある程度知っているのでしょう。
でも、自分(セキネ)はあなたのことをまったく知らないのです。
一方的になれなれしいメールを送られてもねぇ…。
まさに勝手に友達感覚になっており、ナルシストなのでしょう。
自分の立ち位置とか状況を理解できず、この世に自分しかいない、相手が存在しないのでしょう。
この本の中では、心理学や精神分析の研究者、エーリッヒ・フロムが経験したナルシストの患者さんの例を挙げています。
『診断の約束を求めるのに、医者が今週は無理だと言っても、自分は医院から5分しか離れていないところに住んでいるので3時にうかがいます、と言い張るという。医者があなたが来るのに時間がかからなくても、自分のほうに時間がないといってもわからないという。こういう人は重症のナルシストである。
ナルシストは、自分の願望とか事情とは別の事情がこの世にはあるということを認めない。自分とは別の予定と用事を持つ別個の個人がいることをナルシストは認めない。』
ほんと、自分都合で主張してくる人がたまにいます。
マジで疲れます。
話が通じないから。
相手にとっては、世界には自分だけであり、相手の世界はないと思っているのですから、こちらの都合を話しても通じないのですね。
ちなみにこの本を読んでいると、「自分もナルシストかも…」って心配してしまうと思います。
あるいはこのブログ読んで「あっ私のことかも…」って思ってしまう人もいるかもしれません。
でもそれは正解です。
正解ですし正常な反応でしょう。
でも誰にでもナルシストの部分はあります。
誰にでもあるし、それが通常じゃないのでしょうか。
逆にまったくない方が怖いです。
それに「私のことかも…」と心配する時点で病的なタイプのナルシストではないでしょう。
本気のナルシストはまず気づきません。自分のことかも…なんて微塵も思わないでしょう。
もはや細々ルールを設けるようにしましたし、今関わりある方たちには重症のナルシストの方はいないと思っています。
怖いのは先日のように飛び込みで送ってくる突然のメールですよね…。
あるいは外来問い合わせの電話のケースでは、エーリッヒ・フロムと同様のパターンはままあります。
「いきすぎたナルシスト」なのかわかりませんが、「自分のことしか考えられない人」「自分の都合しか考えられない人」が目立っているのは確かです。
ここ数年で余計にです。
コロナ禍による混乱の影響なのか、ワクチンの影響なのかわかりませんが、前頭葉やられてるんじゃない?って思う人がいます。
「ワクチンの影響」というのは実際に接種した人だけでなく、シェディングの影響も含みます(先日のブログでメタトロンにおける未接種者の脳の状態を紹介しました)。
いつ自分がナルシスト全開になるかわかりませんね…。
自撮り写真とかブログにいっぱいアップするようになったら誰か指摘してください。
たぶん渦中にある本人は気づかないと思うので…。
こういう本を手に取って読むだけでもまだマシなのかもしれません。
たぶんこの本を読むと絶対に誰か頭に思い浮かぶはずです。
この本に書いてある心理などがすべてなのかというとそうじゃないかもしれませんが、でも「心の仕組み・クセ」を知ると面白いし、そういう人に対峙しても(少しは)余裕ができますし、何ならその人の反応や態度を見て楽しめちゃうかもしれません。
「学ぶ」ことは「心の余裕」にも繋がるのかもしれませんね。
心の余裕ができれば運も上向きになります。
なぞに突然「運」につなげてしまいましたが…。
でもそう思いますよね?
心の余裕ができて悪いことなんて一つもありません。
まともに相手すればこっちが疲弊してしまうだけですし、学んで相手を知ることも「自分の身は自分で守る」方策の一つになります。
