父の死

6月下旬、父が72才でこの世を旅立ちました。

3月に診断されたときには、すでにかなり大きな膵臓癌+多発肝転移で、
5月下旬から腹水貯留+黄疸が出始め、そこからはあっという間でした。

クリニックスタッフや友人の医師に助けてもらい、6月は毎週のように
実家(埼玉)に帰省し父の様子をみてきました。
1週間ごとにどんどん状況が悪くなっているのが目に見えてわかっていました。

最期はKM-CARTという腹水治療を受けるために東京の病院に入院しているときでした。
自分もその週末は東京に行き、近くのホテルに泊まっていました。
日曜日の夜中2時に「けいれん発作を起こした」との病院からの連絡を受け、すぐに向かいました。
病院に行くと酸素をされている状況であり、難しい状況だとすぐにわかりました。

目はうつろで声をかけても反応はありません。
しかし「大きく息を吸って」と言うと、頑張って吸おうとするのです。

そこから約8時間、家族で声をかけ続け、午前10時過ぎに静かに息を引き取りました。

それまでは自分は泣かないようにこらえてきました。
泣いてしまったらもうダメだということを認めてしまうと思ったからです。
しかし最期はやはり泣いてしまいました。
悲しい気持ちもそうですが、悔しい気持ち、自分が死なせてしまったのかという気持ちなのかよくわかりません。

ただ遠くで開業している以上、親の死に目には会えないと思っていました。
しかしこうやって家族で囲みながら見送れたこと、
最後の8時間、積極的に父の医療にかかわれたことは本当に良かったと思います。
最後に家族全員で治療ができたのです。
日曜日に亡くなり、自分の仕事にも影響が出ないようにしてくれたのかもしれません。
父が最期にこのような最高の舞台を用意してくれたのだと思います。
これも父の采配かなと思いました。

自分は医師になってから、人が亡くなる最後の8時間をずっとそばで付き添っていた事はありません。
一歩も離れず、ずっとそばで観察していたことはありません。
最後の最後にも、父には多くの事を学ばせてもらいました。
自分自身が教材となり、まさに身をもって多くの事を学ばせてくれたのだと思います。

点滴・注射の指示やタイミング、頻回のバイタル測定を自身で行わせてもらい、
家族全員が集まるまでなんとかもたせたいとの気持ちで必死でした。
父が亡くなってしまったことは悲しいですが、最後はやりきった感があります。
あの厳しい状況で最大限命を長らえることができたと思いますし、
最後の一息をするときは本当にほっとしたようにゆっくり息を吸って静かに目を閉じました。

意識朦朧としながら、呼吸がうまく吸えなくて苦しいのに頑張って息を吸い続けようとする姿。
体力なんてほとんどなかっただろうに、どこにそんなパワーが秘められていたのかと思うほど長い時間にわたって呼吸を頑張りました。
あきらめない、やり抜く、頑張るという父の生き様を見せつけられた思いです。

亡くなる直前には、担当医によって腹水を抜いてもらう処置もしてもらいました。
緩和的な腹水抜去です。
腹水抜去によって循環動態に影響が出てしまい、死期を早めてしまう可能性もあります。
しかし家族は希望しました。
腹水治療が目的で、つらい体をおして病院までやってきたのですから…。
最後に目的を達してあげたいと思いました。

これまでの治療を考えたら後悔にきりはありません。
あのときにあの治療をしていれば…と考えたらきりがありませんし、
そもそもそうしたからといって、それがうまくいったとも限りません。
何がベストだったのかはわかりません。
父は、癌と診断されたときにはすでにかなり進行しており、西洋医学的には治療の選択肢がほとんどありませんでした。
5月にはすでに緩和ケアの話が出ており、それはつまり現代医療からは見放されたということです。
父親自身も3月に告知されてからすでにいろいろな整理を始めていました。
完璧というくらいに。
癌と闘うには気持ちの持ちようも大切で、これまで何度も励ましてきましたが
力が及びませんでした。

 

3ヶ月という短い闘病生活でしたが、とても濃厚な3ヶ月で、たくさんのことを学びました。
「死」というものにも初めてちゃんと向かい合ったかもしれません。
これまで祖父母の死、義兄の死などを経験してきましたが、やはり両親の死とは違います。
癌の闘病から死まで、こんなにも向かい合ったことはないです。

患者さんの死ももちろん経験しています。
ご家族の気持ちに寄り添えるよう深く考えてやってきたつもりですが、
やはりわかりきっていなかった部分もたくさんあることに気づきました。
これからは、よりご家族に寄り添った看取りができるような気がします。

 

父の経過は本当に急激すぎてびっくりするくらいでした。
これまで大病もしたこともなく健康でやってきていましたし、お酒・タバコもやらず、それほど不摂生な生活を送ってきたわけではありません。
それなのになぜこんなに若く…と、家族は思っています。

父は生前はたくさんの人助けをしてきたようで、親族からもすごく頼りにされていました。
きっとこの世の役目を終え、あの世での使命が待っているのかもしれません。

 

今回の父の件ではたくさんの方に助けていただきました。
患者さんのご家族に情報をいただいたり、もともとメール相談で問い合わせをいただいたMさんには毎日のように詳しく多くの事を調べていただき、情報をいただきました。
多くの時間を割いて協力いただいたにもかかわらず、期待に添えず申し訳ないです。
この場を借りてお礼を申し上げます。

 

癌治療は、どれだけたくさんの治療法を知っているかで変わってくると思います。
西洋医学で見放されたときにどうするか。
家族に何ができるか。
それによって、治療の甲斐なく亡くなってしまったとしても、その先にある死に対する受け止め方も変わってくると思います。

緩和ケアはとても素晴らしい分野ですが、ただただ静かに死を待って穏やかに過ごすだけで家族の方は納得するでしょうか?患者さん本人も納得するのでしょうか?
少しでも可能性のある治療法があるのであれば、体に負担がかからないのであればやってあげたいと思うのではないでしょうか?
現実をみることも大切かもしれませんが、最後まで希望は持たせてあげたいです。
自分は1%でも0.1%でも可能性があるならあきらめたくはありません。
現実をみるといってもただ単に統計的なものであり、実際に劇的に回復される方もいるのですから。

癌の告知も酷ですが、緩和ケアを勧めることはもっと酷な気がします。
希望が何もないことを宣告するようなものですから。
苦痛を取り除いたり、死を受け入れる準備をすることも大切かもしれませんが、
最後まで希望は持ち続けたいものです。

西洋医学的には他に手はなくなった。
そんなときに他にどんな治療法が提案できるかが大切かなと思います。
緩和ケアと並行しながらでも、こんな代替療法がありますよみたいに提案できる先生が増えると良いのですが。
アメリカでは医学部で代替療法を学ぶくらいなのに、日本では鼻で笑う先生が大多数ですから。

父の場合、その急激な病状の進行から自分は医師として病状やその先が冷静にみえてしまう部分がありましたが、やはり最後まで希望は捨てませんでしたし、本人・家族にも最後まで希望は持ち続けてもらうようにしました。
家族だから希望を捨てなかった訳ではありません。
医師として患者さんにも希望を持ち続けたいと思っています。
「現実をみていない」と笑われるかもしれませんが、笑われたっていいです。

 

父の経験で気づいたことですが、癌治療は一律に同じ治療をすれば良いという事ではないですし、その人に合った治療法、癌の病状・ステージに合った治療法というものがあると思います。

父にもいろいろな治療を試みてみましたが、追いつかないほど急激な展開でした。
ただ担当医も話していましたが、最後の画像を見ると本当に大きな膵臓癌とたくさんの肝転移で、とっくに肝不全や消化管出血、肝膿瘍からの敗血症などのトラブルを起こしていてもおかしくなかったようです。
5月の画像検査でも、すでに門脈や腸にいく血管などにも癌が浸潤している状況でした。
大きなトラブルが起きなかっただけでも、何か効果合ったのかもしれません。
ただトラブルが起きなかった代わりに、癌がここまで広がってしまったのだと思います。
しかしトラブルが起きていればその場で急死していた可能性もあるわけですし、
やはり父にとってはあの癌の勢いのなかでは最大限生きられたのかもしれません。
本当なら癌の勢いを止めたかったのですが…。

 

父の死を無駄にしないためにも、これからもますます勉強していきたいと考えています。

本当に深く考えさせられた、絶対に忘れることのできない貴重な経験でした。