魂はあるのか

父の死をきっかけに、死後の世界であるとか、魂について深く考えるようになりました。
それこそ一気に多くの書物を読みました。

死後の世界や魂の話は、医療を含めた科学の世界ではタブーのような感じになっています。
証明できないのですから、魂の話をすれば科学的でないと言われ、変な目で見られる事もあります。

それでもやっぱり魂はあると思います。

自分が経験した不思議な事をいくつか書きたいと思います。

父の四十九日の日の出来事でした。
父が大事にしていた車を朝一に洗車し、お骨をその車に乗せてお墓まで向かいました。
その車は10年落ちの車なのに本当に大切にしていた車で、いつもピカピカにしていました。
癌と診断されてからは、痛みの気を紛らわすためにほぼ毎日のように洗車をしていたようです。
四十九日の法要が終わって自宅に帰り一段落した午後、一匹のトンボが車の上にやってきました。
8月の真夏の埼玉ですから、その日も気温は37~38℃近くありました。
秋の気配もまったくない真夏の日にトンボが飛んでいることも不思議です。
そのトンボ、なんと30分以上も父の車の上をぐるぐると回って飛び続けていました。
家族みんなで、「お父さんだねぇ」と話して見ていました。
自分だけ炎天下の中、外で最後まで見ていましたが…。
一体いつまで飛んでいるんだろうと思っていると、どこからともなくもう一匹トンボがやってきて、2匹一緒になってどこかへ飛んで行きました。
あたかも、ご先祖様が迎えに来てあの世へ旅立った、成仏したかのような感じでした。
ちなみにその時頑張ってそのトンボを写真に収めたのですが、後で調べてみたらオスでした。

二つ目の話です。
父が癌と診断され、父は母のことも心配になったのでしょう。
父はこっそりと近くの総合病院に、母の健康診断を申し込んでいました。
父が亡くなり四十九日も終わって一段落した頃、母はその総合病院へ健康診断の予約を取りに行きました。
せっかく父が申し込みしてくれたのだからと。
そして病院から帰ってくると、一匹の蝶々が玄関にいたそうです。
その蝶も30分以上そこから動くことなく、母も、父がやってきたんだと思ってずっと話しかけていたそうです。
そうしたら、その蝶々、母の手の上にのってきたそうなのです。
生きが悪かったということではありません。
その辺に飛んでいる蝶々が手にのるなんてめったにないことだと思います。

蝶々にまつわる話はいっぱいあって、自分が実家に帰省したとき、
駅から歩いて実家に向かっていました。
実家が見えたとき、実家のところから一匹の大きなモンシロチョウが自分に向かってまっすぐ飛んできたのです。
あたかも出迎えるかのように。

あるいは、自宅の木にモンシロチョウが止まっていると、父がかわいがっていたチワワ2匹がずっとそのモンシロチョウをだまって眺めていたとか。

自分には霊感は全くないのですが、四十九日の法要のとき、父の存在を確かめたくてお坊さんがお経を上げているときずっと周囲を観察していました。
そうするとあることに気づいたのです。
正面の遠くには仏像があり、そばには大きなろうそくが左右に2本あります。
一人一人お焼香をするたびに、そのろうそくの片方の炎だけがゆらゆらと揺れるのです。
確認しましたがエアコンの風が当たっているとかではありません。
お焼香が終わると、また炎はまっすぐとなりました。

すべて偶然なのかもしれませんが、冷静に考えても偶然とは思えないような出来事です。

東北の震災のときも、その後亡くなった方にまつわる不思議な話がいっぱいありました。
亡くなった人の携帯から着信があったとか、メールが来たとか。
お子さんを亡くさられた家庭では、勝手に動くはずのないおもちゃの電源が勝手に入ったとか。
実は自分にも似たようなことがあったのですが、母の勘違いかもしれず確証がないのでその話は割愛します。

身近でも、亡くなって解約されているはずの携帯番号から着信があった話は聞いたことがあります。

科学で証明できないから真実ではないということでは決してありません。
それは科学のおごりです。
目に見えないから存在しないということでもありません。

携帯の電波にしたって、決して目に見えません。でも存在しているのです。
人間には見えない波長の光も、動物は見えたりします。

自分は魂は存在していると思います。
肉体はなくなっても、意識として存在していると。
肉体という乗り物からただ降りただけです。

肉体を脱ぎ捨てた意識(魂)は、瞬間的にいろいろな場所へ移動できるようです。
時間の概念もないそうです。

だから、父という肉体はなくなってしまいましたが、それほど寂しくないのです。
意識(魂)となっていつもそばにいてくれる気がするからです。
逆に以前よりもずっと身近に感じます。

魂からすると、トンボや蝶々などは昆虫の中でも動かしやすいものだそうです。
それで近くにいるよとサインを送ってくれているのかもしれません。

亡くなった方のことを忘れずに心で思えば、その意識体とつながりやすくなるようです。
そしてその意識体(魂)は「そばにいるよ」といろんな形でサインを送ってくれるのかもしれません。
故人のことを忘れなければ、生物としては亡くなってしまっていますが、意識としてずっとそばて生き続けてくれるのです。

ちなみに、「蝶々」のことを古代ギリシャ語で「プシューケ-」と言います。
「プシューケ-」には別の意味もあり、それは「心」とか「魂」だそうです。
やはり昔から蝶々と人の魂はつながっていると考えられていたのでしょうか。