初めて声を荒げた日

医者になって13年間、これまで一度たりも患者さんやその家族などに声を荒げたことはありませんでした。

しかし先日、初めて家族の方に対して声を荒げました。
わざとですが。

登場人物は90代の女性患者Aさん、実の息子Bさん、そのお嫁さんCさんです。
Aさんは認知症はあるのですが、会話は結構しっかりしていますし、明るい性格の方です。
話すことや人付き合いが好きなタイプです。
自宅の1階に住んでおり、2階には息子さん夫婦が住んでいます。

実は以前よりケアマネさんから、虐待ではないかという報告を受けていました。
息子さん夫婦がAさんの名義でクレジットカードを作り、それで買い物をしているとか、Aさんの年金を使い込んでいるなどです。
診察代もAさんの口座からの引き落としだったのですが、引き落としができないこともたびたびあったので使い込んでいたのは事実かと思われます。

Aさんは人付き合いが好きですからデイサービスを増やそうと提案しても、息子さんはかたくなに拒否をしていたこともありました。費用がそれだけかかってしまうからだと思います。

食事は息子さん夫婦が用意してくれるようですが、1階のAさんの部屋には小バエが飛んでいたり、ウジ虫がいたこともあったようです。

ケアマネさんが、虐待例として包括支援センターに報告して動いてくれましたが、いつの間にか立ち消えになってしまっていました。

薬の管理はAさんは認知症のためできないので、息子さんがやってくれていました。
Aさんには高血圧があったのですが、薬を増やしても増やしても、血圧が下がらないのです。
上の血圧が190~200にいくことはざらで、高齢者は高めが良いと思ってもさすがにこれは高すぎます。
これまでいろいろ調整してみましたが、まったく血圧が変わらないのです。

「本当に薬を飲んでいるのか?」

と疑ってしまうこともたびたびありました。
本人に聞いても覚えていないと言うし、一応息子さんが管理してくれている、
お薬カレンダーの薬も順調になくなっていっているので、しっかりと飲んでいると信じていました。

ある日の診察時、めまいがする、調子が悪いとのことで、気になって採血をしました。
すると翌日検査センターから緊急の電話があり、血糖値が異常値で800以上あるとのこと。
電解質のバランスも崩れており、かなり危険な状態です。
いつ意識障害が起きてもおかしくありません。
すぐに血糖薬を処方し内服してもらうことにしました。

それから約1週間後、お嫁さんのC子さんから連絡があり、
「調子が悪いと言っている」とのこと。
食事は取れていたかを聞いても、「わからない」。
薬はちゃんと飲んでいたかを聞いても「旦那がちゃんとやっているんじゃないですか」。
しまいには
「私に聞いてもらったってわからない!」
と大声で言う始末。

らちがあかないので、すぐに診察に向かいました。
Aさんは、しっかりしているようでありながら、どこか少しぼーっとしている感じがあります。
食事は昨日から何も食べていないとのことでした。

そして
「家族が何もしてくれないから入院したい」
とぼそっと言いました。

気になりその場で血糖値を測定すると600以上ありました。
これで薬をしっかりと飲ませていないことがはっきりしました。
このまま家に置いていては命の危険があります。
すぐに連携病院に連絡を取り、入院依頼をしました。
自分で動くことは困難な状況ですから、救急搬送です。

息子さんは日中仕事をしていますから不在です。
2階にはお嫁さんCさんがいつもいます。
Cさんに声をかけ、状況を説明し危険な状態なので救急搬送しますと言いました。
(診察時はその場に同席しておらず、2階に戻ってしまっていました。というか、緊急で伺ったときはすでに患者さんは一人で置かれていました。)

Cさんは同居している家族ですから、救急車に一緒に乗って付き添ってもらうようお願いしました。

するとCさんはいきなり逆上し、
「いっつもそうやって勝手に決める。病院にはついていけない。」と言い、それ以外にもたくさん大声でかなりひどい言葉や不満をぶちまけ始めました。
Aさんの目の前でです。

Aさんの年金を使い込んで生活しているのに、そりゃないだろうと思いました。

そこでわざと声を荒げて、
「命がかかっているんだ!」
「預かっている以上家族なのだから責任があるはずだ。」
と言いました。
声を荒げて言えば、きっと自分はこの家には出入り禁止になるだろう、無事に退院してきてもうちのクリニックは断られるだろうと思って、それでもわざと怒鳴りました。
(正直Aさんの年金をAさんの介護に使わず、自分たちでお金を使い込んでいるのにも腹が立っていましたが…。心の中では、Aさんの年金を当てにして生活しているのに面倒もみないのかと思っていました。)

今回の事例を虐待例として問題を大きくし、Aさんを今度こそ施設入居にすすめるのが良いと判断しました。
そうじゃないと本当に命に関わってしまいます。
Aさんとは4年の付き合いになりますし、縁が切れてしまうのは寂しいですが仕方ありません。
自分が悪者になってでも、Aさんを今度こそ施設入居させなければならないと判断しました。

Aさんは人付き合いが好きですから、実は以前からケアマネさんも施設入所が合っているのではないかと息子さんにも勧めていました(自分もそう思っていましたが、口出しはしてきませんでした)。
しかしそれも息子さんはかたくなに拒否をし続けていました。
年金が入居費用に消えてしまうからでしょう。

結局Cさんは救急搬送には付き合わず、息子のBさんが仕事場から病院に向かうこととなりました。

ちなみにCさんが救急搬送に対して大声で不満をぶちまけているとき、
Aさんがあきれた顔をしてこっそりとまた自分に言いました。
「嫁が何もしてくれないから入院させて欲しい」と。

救急隊が来るのを待って、患者さんが無事に救急車に乗るのを見届け退散しました。

そして自分はケアマネに事態を報告し、これは薬をしっかり飲ませていないだろうし命に関わることであり虐待事例として動いて欲しい旨を伝えました。そして今回をきっかけに施設入居方向で話を進めて欲しいと。
また自宅に帰ってきてしまっては、同じことの繰り返しになりますから。

後日談ですが…
Aさんは入院後、心臓にも問題が見つかり、あのタイミングで入院して本当にギリギリセーフな状態だったようです。
その後1ヶ月程度で無事に元気に退院されたようです。
息子のBさんは、またうちのクリニックに訪問診療を継続してもらおうと思っていたようですが、お嫁さんのCさんが「あのクリニックがまた来るんだったら離婚する!」とBさんに迫ったとか。
と言うことで、うちの訪問診療は予想通り終了となりました。

そして包括支援センターも虐待例として本格的に調査をしてくれたようで、
息子Bさんは薬をしっかりと飲ませていなかったことを白状したとか。
薬は渡していたけども、飲むところまでは確認していなかったというのです。
そして施設入居の方向で決まったそうです。これは本当に良かった。
Bさんももう面倒を見切れないと言っていたとのことでした。

そりゃ、仕事をしながら介護をするというのは大変なことです。
本当にCさんの協力は一切得られていなかったのでしょう。

AさんとCさんはいわゆる嫁と姑の関係であり、昔何かの確執があったのかもしれません。
それによって冷たい態度を取ろうが、部外者がとやかく言うことではありません。
しかし命に関わる事態での非情な言葉・態度はさすがによくないかなと思います。

施設入居によって薬もしっかりと内服できるでしょうし、安心です。
そして話すことが大好きなAさんですから、施設で他の方と楽しい日々を過ごすことを願うばかりです。