認知症パンデミック

面会制限などによるコロナ対策により認知症パンデミックが起きていると言われています。

認知症診療をおこなっている身として、これは確かに実感するところです。
ただし、特に「施設」においてです。
個人在宅の患者さんは今までと変わらない方がほとんどです。

コロナ自粛や面会制限が始まってから、確かに施設入居者で認知症が一気に進行した、うつっぽくなった、活気がなくなった、イライラする、不定愁訴が増えた、食事量が低下した、周辺症状が悪化したなどがみられている方がいます。
もちろん全員ではありませんが。

認知症患者さんにとって家族のパワーは絶大なものです。
ボケているから面会に行ったってどうせわからないだろう、なんてことはありません。
うまく表現できないだけで、心では絶対にわかっています。
ただ顔を見せるだけでも認知症患者さんのパワーになります。

それが突然パタッと顔を見せなくなるのですから、パニックになって当たり前です。
言葉ではうまく表現できないからスタッフに質問することもできません。
だから行動で表現するしかありません。
それを体で表現したのが、落ち着かないなどの周辺症状の悪化だったり、あるいは自分の中で悩んでしまうと認知機能の低下だったり、活気の低下などにつながります。
「つらいことを感じないようにするために自己防衛の機序が働いて認知機能が低下していく」という考えもあるくらいです。

家族が面会できないだけではありません。
感染対策のために突然の消毒祭り、蜜を避けるために他の人との接触も制限、外出もまったくできない軟禁状態
お日様もまったく浴びることができない状態に置かれます。
これって、誰でもおかしくなりませんか?

ましてや、訪問リハビリや訪問マッサージも出入り禁止にされました。
訪問診療でさえ制限するところもあります。

まったく人との接触が一気に制限されたのです。
脳梗塞後に退院されて間もない方で、訪問リハビリを利用されていた方がいましたが、その方でさえ訪問リハビリを中止させられていました。
脳梗塞後間もないのですし、リハビリが重要な時期であるのにもかかわらずです。

別に施設の対応を一律にを批判しているわけではありません。
確かに新型コロナが発生してしまったら、今の世の中のイメージでは窮地に立たされます。
クラスターが発生するリスクも高まります。
アカシアハイツのように犠牲者をたくさんだしてしまう例もありますから(アカシアはいつの件については後述しますが)。

だから仕方ない面もあるのですが、ただ「過剰過ぎやしないか?」と思うのが正直なところです。

訪問リハビリも、訪問マッサージも、訪問診療も制限して、誰も施設に入れない。
じゃぁ、施設スタッフさんはどうしているのでしょう?
ずっと施設から出ずに一緒に寝泊まりしているのでしょうか?
そんなわけないですよね。
毎日自宅に帰っているはずです。外で買い物をしているはずです。
あるいは飲みに行っちゃっている人もいるかもしれません。
家族と一緒に住んでいる方も当然いるでしょうし、その家族の方だって不特定多数の人と接触している可能性があります。
毎日PCR検査とか受けて確認しているのでしょうか?
スタッフさんこそ入居者の方と長時間濃厚接触するのですから、徹底的に感染対策をするというのであればそこまで考えてやらなければならない理屈になります。
仕事を始めるときの入館時はただ体温測って、アルコール消毒して、うがいしてというだけじゃいけません。
だって同じことをしても訪問リハビリの人も入れてくれないんですから。

スタッフさんの行動も厳しく管理して…とかなんて現実的じゃありませんよね。
つまり必要な訪問リハビリ等まで禁止するという対策はやっぱり「過剰」ではないかと思うのです。
誰とも接触させないという対策は「過剰」なんじゃないかなと思うのです。

「リハビリもマッサージも入居者に濃厚に接触するからリスクが高い」と言う人もいますが、じゃぁ介護スタッフは濃厚接触しないのでしょうか?
手抜きで介護をやっているんですか?
という感じです。

「生存権の剥奪」と言ったら大げさですが、誰とも接触させない、一歩も外出させない、軟禁状態に置くという行為は「人間が人間らしく生きるのに必要な諸条件の確保」をしていないということであり、憲法違反といわれても仕方ありません。

何でもかんでも「コロナだから」で許されることではありません。

さて、アカシアハイツでは施設内で12名の方が亡くなられました。
確かにこのようなことが起こってはいけません。
だから施設の対応が過剰気味になってしまうのは致し方ないのかもしれません。
しかし施設内で12名が亡くなられたのには訳があります。
保健所が「施設内で看取るように」と指示を出していたのです。
国では「介護老人保健施設の入所者は高齢で重症化リスクが高い特性がある。感染した場合は原則入院」とする通知を出していました。
つまり札幌市は国の通知を無視して独断で「施設で看取る」よう指示していたのです。
秋元市長は「4月下旬から5月上旬にかけて市内の医療機関が非常に逼迫し、入院先が決まらなかった」と釈明したそうですが、いやいやそんなこと思いますよ。
施設で看取るように指示するなんて、それって最初から介護されている高齢者は助かる見込みも少ないからという理由で見捨てていたようにしか思えません
命の選別じゃないですか?
勝手に札幌市が決めて良いものなのでしょうか?

在宅医の先生方などが協力して施設内で医療をされました。
しかしやはり在宅医療の道具は増えているとは言え、病院と施設でできる医療では全然違います
入院できていたら助かっていた命は必ずあったと思います。
入院もできなければ、そりゃ感染対策もわかならいスタッフばかりですから、パニックなって施設内で感染が蔓延しても当然のことです。90名が感染されましたが、これは単純に施設の対応がまずかったからとは言えません。
施設内で亡くなられた方たちは新型コロナで死んだのではなく、札幌市保健所に殺されたと言っても良いくらいです。
保健所の指示は看取りありきの指示だったのですから。

いくら介護が必要な高齢者といえど、肺炎になっても助かる可能性は十分あります。
住み慣れた自宅や施設で亡くなるのが美しい?
そんなことばかりではありません。
助けられるものは助ける努力をするべきです。
肺炎などになっても治療を望まない、延命処置も一切望まないという本人の意思確認ができていたとか同意書があるのなら別ですよ。
施設内で亡くなった12名には全員この同意があったのでしょうか?

今回の件も「施設内で看取るのが美談」みないな書き方をしている人もいましたが、正直そんな風には一切思いません。
もちろん最初から上記のような同意があった方は別ですが。

住み慣れた自宅や施設で最期を迎えることは確かに素晴らしいことかと思います。
そのような意向がある患者さんにはもちろん自分も最大限協力しています。
看取りの確認をさせていただくということは、その人の現世における人生の終わりを確認する作業であり責任重大です。
看取りという重大な出来事に関わらせていただくということは身に余る思いです。

しかし「自宅で亡くなること=素晴らしい」と杓子定規のように考えて、何でもかんでも強引に自宅での看取りに持って行くのはどうかと思います。
もちろん積極的な医療を望まず何もしないで自宅で亡くなりたいという方も確かにおりますし、それはそれで意見を尊重して自分も対応しています。
しかし回復する見込みのある状態であればそれにかけたいと思いますし(もちろん本人や家族の希望があれば)、ましてや間違った医療(対応)によって死期を早めることは絶対起きてはいけないと思っています。
その人本来の寿命を全うさせるのが、本当の医療だと思います。

しかし「医原病」という言葉あるように、間違った医療、間違った薬(無駄な薬)によって命を縮めてしまっているケースが多くあります。医療が寿命を縮めていることが多くあります。
医療に携わるものとして、自分がおこなう医療が寿命を縮めることのないように、間違った医療、間違った薬を是正していくのが自分の役目だと思って日々勉強してがんばってます。
な~んて、自分のポリシーの話に脱線してしまいました。

アカシアハイツの話に戻りますが、保健所は「介護が必要な方々が病院に入るということを考えた場合に、一般の方よりも人手がかかるという観点から、病院での病床の確保が非常に難しかったと考えています」と答えています。
いやいや、若い人だって重症になれば介護が必要な高齢者と同じくらい人手がかかります。
その他にも札幌市はいろいろ言い訳をしていますが、高齢者を切り捨てたという汚点はずっと消えないでしょう。
まだ生かせてあげたかった、その可能性を捨てたくなかったと思っている家族からしたら、札幌市保健所のことは殺人者に見えるでしょう。命に関わることなのですから、「コロナで混乱していたから」とかで済む話ではありません。取り返しがつかないことなのですから。

「施設で看取れ」

このセリフは、複数の施設関係者が保健所からそのように指示があったと証言しています。
とても残酷な指示です。
悪魔の指示です。

「コロナだから」という理由で、軟禁状態に置かれ続け、人間的な生活を送れていない人が多くいます。
それが現実です。
そこまでこの新型コロナが特別なのか?
そこまで新型コロナによってたくさん死んでいますか?
新型コロナの死者数だけを見るのではなく、他の疾患の死者数と比べましたか?
インフルエンザで毎年どれだけの人が亡くなっているのかとか。

ちなみにアメリカのCDCの統計では、新型コロナの死者数が増加しているかわりにインフルエンザや他の肺炎による死者数が激減しています。
トータルプラスマイナスゼロという感じ。
アメリカでは何でもかんでも死因を新型コロナにするようにというルールがあります。(バスにひかれて死んでも、コロナ陽性なら死因はコロナにするよう通達が出ています)
なので正確な統計など出てくるわけはないのですが、本当に呼吸器疾患関連で死亡した人は結局例年通りかもしれません。

過剰な対策が、認知症患者さんを追い詰めています。
何ヶ月も一歩も外に出さないなど言語道断です。
それならば指示を出す人も一歩も出るべきではありません。
「自分も経験してみろ」と言いたいです。

家族に何ヶ月も会えないのがどれだけさみしいか。
電話の声と、直接会うのでは全然違いますから。
タブレットでの画像と、直接会うのも全然違いますから。
まぁ、どちらも何もないよりはましでしょうが。

日本には同調圧力というものが強くあります。
他の人と外れたことをするとすぐに非難されます。
みんな一緒じゃないとダメみたいです。
マスコミが言うとおりに恐れて、他のところと同じように対策をして。
思考停止状態ですね。
考えているようで何も考えていません。
思考停止状態は非常に危険です。
自分の人生がなくなります。
誰かにコントロールされた人生になります。

人間は「恐怖」にさらされると、「誰かにコントロールして欲しい」という気持ちがわくそうです。
でもその「恐怖」は本当に「恐怖」なのか?
テレビや新聞では本当のことは言ってくれませんから自分で調べなければなりません。
人類をコントロールするために、それに乗じて社会を大きく変えるために「作られた恐怖」かもしれないのです。

竹中平蔵が言っていたように月7万円のベーシックインカムのように…。

生活保護も年金も社会保障を全部なくしてみんな月7万円です。
どうやって生活するのでしょうか?
医療費も介護費用もここから出さなければならないらしいです。
生きていくためにはどんなにつらくても、どんなに年を取っても働かなければならない社会になります。
正社員なんて到底無理ですから、派遣社員としてブラックな企業でこき使われることになります。
となると人材派遣会社のパソナ会長である竹中平蔵はボロ儲けという仕組みです。
この人は小泉政権の時代からずっと自分が儲かるような政策提言ばかりしている人です。
竹中平蔵は隠すこともなく堂々と「ショックドクトリン」という言葉を使って「ベーシックインカム導入は『ショックドクトリン』でやるべき」と発言していましたね。
「ショックドクトリン」とは以前にもブログで何回か書きましたが、「ショックドクトリン=惨事便乗型資本主義」という意味です。
不安や恐怖にさらされ続けると、人は誰かに管理されたがる傾向にある。
そこをついて、一気に社会システムなどを変えていくことをいいます。

竹中平蔵は菅首相のお気に入りだそうですから、「ショックドクトリン」という言葉でさえ堂々と使って提言してきました。
首相に気に入られているからってちょっと図に乗っていますね。
本当に怖いです。

今の新型コロナ騒動は、お金をすべてデジタル化する目的もあると言われていますね。
経済を崩壊させすべてリセットして。
あながちベーシックインカムの話もあり得るのかもしれません。

話が脱線してしまいました。
最期に認知症になった認知症専門医、長谷川和夫先生の言葉を。
長谷川先生は、認知症のテストである長谷川式を開発された先生です。
「家に閉じこもりっきりで何もすることがなく、退屈、無為、無意味といった気持ちしか持てない暮らしは、異常な行動や事故につながることもあります」

新型コロナで自粛を受けていた高齢者はこのような状況に置かれました。
在宅患者さんは今は普通にデイサービスなど再開していますが、施設では未だに家族の面会が自由ではないところが多いです。
外出さえ制限しているところもあります。
確かに社会のイメージが変わらないと、施設側も対応を緩めるのは難しいかと思います。
ただ人とのふれあいの時間を作れるよう最大限の努力はするべきです。
何でもかんでも「コロナだから」で済ませるのではなく。