人生のお役目?~自分編

以前、人生のお役目~看護師編として、ミラクルな人生の話を書きました。
看護師さんになるべくしてなったのだと。
あたかも神様に「看護師として働け」とでも言われたかのような展開でした。

今回は自分編です。
「自分編」なので、本当にヒマでヒマでしょうがない人だけ読んでください。
今回のブログにはコロナのことは一切書いてありませんから。
読んでもなんの役にもたちません。
このブログを最後まで読んだ方は、暇人の烙印を押しますので。

と、その前に、またもや看護師さんの奇跡の話を。

現役で看護師国家試験を受けるその年に、初詣に行ったそうなのです。
神社では二礼、二拍手、一礼を行いますね。
そこでの出来事。

「パン、パン」っと二拍手したその瞬間に、ステンッとひっくり返ったそうなのです。
じっと立って、直立不動でいるはずなのに、「パン、パン」としただけでひっくり返って転ぶなんて…。
普通あり得ないですよね。
ただ立っていて、手を叩いただけでふつう転びますか?
ギャグを通り越して、ある意味奇跡です。
というか、まさにその後の国家試験の結果を暗示していたというのか…。

うちの看護師さん、結構もってます。

さて、話は戻って、人生のお役目?~自分編です。

以前書いたか忘れちゃいましたが、自分は医学部入るのに二年間浪人しています。
高校時代本当に勉強していなかったんですね~。
って自慢するところではないですが。
二浪目ともなると、さすがに医学部ダメだったら他の道を検討しなければと考えてしまいます。
そこで、自分は二浪目で医学部ダメだったら、警察になろうと考えてました。
しかも警察官僚になろうと。
踊る大捜査線の室井さんに憧れてたわけじゃないけど。
一応とある私立の法学部にも合格していたので、二浪目で医学部ダメだったら法学部行っていたかもです。
今思えば、あんな日本語とは到底思えない六法全書とか読むような勉強することにならなくて本当良かったなと思います。
というか、自分みたいな性格では、警察のような組織では絶対に出世はできなかったでしょうね。
窓際族のような閑職におしやられるのが目に見えます。

結局、自分の頭で良く入れたなと思えるくらい二浪目になんとか信州大学に合格できました。
かなりイメージトレーニングしましたよ~。
医学部が舞台の映画を繰り返しみたり、信州大学がある松本が舞台のドラマ「白線流し」みたり。
イメージだけで受かったんかい!ってツッコまれそうですが、イメージトレーニングは大事です。
もちろんちゃんと勉強はしましたよ。

ちなみに、信州大学の受験の日、奇跡的な出会い(再開)がありました。
相手が女性だったらドラマティックで嬉しいんですが、男性です。
高校時代の同級生です。
しかも高校3年の時、席が隣だった人(男子校なので)。
卒業して二年間まったく連絡取り合っていなかったのですが…。
二人とも無事合格し、当然親友としてやってまいりました。
今でも大事な親友です。
ちなみに、今同じ札幌で働いております。

ちなみにのちなみに、高校3年の時、席は教卓の目の前。
一番嫌いな席です。
くじ引きで決めるとかではなくて、単純に名前の順でたまたまそうなってしまいました。
男子校ですから席替えしようぜ~とかそういうのもなく、1年間本当に居心地の悪い席でした。
本当に嫌で嫌でどうしようもなく、いまだに強烈に覚えています。
本当どうでもいい話でした。

唯一の友達話はこの辺にしておきます。

さて卒業後は、内科系は頭がいい人、外科系は作業が好きな人って素人のような考えがあり、当然自分は外科系に行くことに決めてました。
研修医時代も、当時は自分である程度研修する科を自由に決められたので、外科、救急、消化器内科(内視鏡)、形成外科を多めに研修しました。

そして長野県の佐久総合病院に入り、外科を極めようと思いました。
当時、長野県の東部地域は麻酔科医の不足などで外科系の医療が崩壊傾向にあり、週末ともなると緊急手術が必要な患者さんが佐久総合病院にバンバン送られてくる状況でした。
ですから、結構症例数としては短期間に経験することができました。

そして救急のスタッフ不足ということから、ドクターヘリにも関わらせていただくこととなり、しかも災害医療の方まで経験させてもらいました。
自分から志願したわけではなく、流されるように経験させてもらうことになったのですが、今となっては本当に貴重な体験をさせてもらったと思います。

さて、一流の外科医になってやるぞと思っていたのですが、かなり忙しい病院でしたから、周囲の先生方をみるとみんな疲弊していたのですね。
麻酔科のトップの先生なんか、普通にまっすぐ歩いているんだけど、疲れすぎているのか、だんだん横にそれていく始末。

そこでまず疑問に感じてしまいました。
このまま疲れ果てていく人生になるのか、別に有名になりたいわけじゃないけど、外科医は日本中にたくさんいるし極めたところで何になるのか、もっとふつうの医者っぽい医者になりたいって。
外科ももちろん医者なのですが、もっと昔のお医者さんのようなイメージの医者になりたいなって思いました。
「外科医~」とか「フライトドクタ~」とかいうと派手で世間体的には格好いいのでしょうが、そんなことはどうでもよくなりました。
というか格好良くありたくて外科やってたわけじゃないんですけどね。

しかもタイミングよくなのか、ドクターヘリのパイロットと雑談しているときに、
「自分昔はパイロットになりたかったんですよね~」
って話をしていたんです。

そうしたら、「今からでもなれますよ」との回答。
当時はすでに30歳くらいでしたから、そこからパイロットになれるの??ってビックリしました。

どうも、自家用免許を自力で取得して、それから航空会社に入るルートがあるそうで。
実は、そのようなルートで医師免許を持ちながらパイロットになった人もいるとか。
確か全日空だったと思います。

一気に昔持っていたパイロット熱が加速しました。

いろいろ調べ、資料も取り寄せ、そして外科というものにも疑問を持っていましたから、一気に方向転換です。

いろんな地域の病院を探し、それでご縁があったのが札幌になります。
以前から北海道に住みたいという気持ちも強かったので。

札幌で在宅診療のクリニックに入り、それこそ心に抱いていた医者っぽい医者のような仕事に近づくことができるようになりました。
そして丘珠空港では自家用免許を取ることもできます。
でも、まずは本職は医者ですから、在宅診療に集中し、落ち着いたら飛行機の自家用免許取得に向けて動くつもりでした。

しかしその矢先、JALの経営破綻です。

当時、自家用免許からパイロットになる道はJALしかなかったのです。

通常のパイロットですら募集停止になったくらいですから、自家用免許からのコースが募集停止になるのは当然のこと。
パイロットへの道が完全に断たれました…。
北海道まで来たのに…。
前の病院では、パイロットになるためにってみんな応援してくれて送り出してくれたのに…。
合わせる顔もない…。

しかし在宅医療の方ではそれこそ勉強することがたくさんあったし、パイロットの道が閉ざされてしまっても、「しょうがないか。これが運命か。医者でいることが使命なのかな。」って結構あっさりと受け入れられました。

ちなみに、佐久総合病院にいたころ、外科の専門医の筆記試験もパスしており、必要症例数もクリアしており、あとは面接を受けるだけで専門医が取れる段階でした。
そこでの急な方向転換です。
普通だったら、あと面接だけなのですから、専門医取ると思うんですよね。
周りからみたらかなりアホなことしてます。

医者って、肩書きとか箔が大事だと考えている人が多いですからね…。

でも専門医取ったってしょうがないしなって、結構あっさりと専門医取得はやめちゃいました。

さて、在宅医療をやっていると、当然認知症患者さんを多くみることになります。
そうすると本当におかしなことにたくさん気づくことになります。
教科書通りに薬をやっても、ドンドン悪くなっていく人が多くいる。
精神科薬漬けになっている人がいるなど。
そこで、薬や現代医療への疑問を持ち始めました。

今や認知症診療をメインに開業するまでになり、進行性核上性麻痺とか昔だったら絶対にわからない病気も疑うことができるようにまでなり、かなり鍛えられました。
ちなみにこのような神経内科的な領域であるとか、認知症診療は、今まで一番興味のない分野でした
一番嫌いだった分野というか…。
それが今メインとなって診療しているんですから、本当不思議です。

しかし認知症診療をきっかけに、いろんな医療の闇を知ることとなりました。

現代医療はきれい事ばかりではないということに。

元来、理不尽なことは大嫌いな性格なので、やはり黙っちゃいられないし、自分が患者さんに理不尽なことをすることも許されません。

大人の事情で、製薬会社の方ばかりを見て患者さんに薬を投薬するとか。
必要ないワクチンを打つとかね。

薬屋さんの勉強会でお弁当出されても、使えない薬と思えば処方しません。
結構薄情なところがあります。
薄情というか、お弁当出されたからって、それで患者さんに必要ない薬を出すとかも人としてどうかしてますけどね。
でもそういう当たり前のことばかりじゃないのが医療の世界です。

ある意味、大学とかの医局に属さなかったから、変なものに染まらずに済んだのかもしれません。

そして「本当の医療とはなんなのか」をずっと考えてやってきました。

人の体は食べ物でできているんだから、当然栄養が重要です。
でも医学部では習わないから、栄養についてもかなり勉強しました。
今でも勉強中です。栄養についてはキリがありませんので。

現代医療だけがすべてではありません。
どれだけ知識があるか、それが武器になります。
ですから、高濃度ビタミンC点滴であるとかオゾン療法であるとか、ホメオパシーも学びました。
結局時間がなくて、今どれも実践していませんが…。
高額なオゾン療法の器械なんか、リースでせっかく入れたのに、結局一回も使わないまま。
そうしてようやくもうすぐリースが終了します。
もちろん器械は返却予定。
本当にもったいないことしています。

オゾン療法も最初はいいと思ったんですけどねぇ…。
実際に自分が経験してみて、あまり何も感じなかったので、時間も取れないことだし患者さんにも勧めませんでした。

何でもかんでも怪しいと一蹴するのではなく、実際に学んで経験して取捨選択するのが正しいことだと思うのです。
ですから今自分はグルタチオンなどそれほど手間がかからず、効果が確実にあるものについては診療に取り入れて行っています。

万人に効く治療法というものもないですから、やはりどれだけ知っているかによると思うのですね。
「現代医療だけがすべて」と考えるのは医学への盲信ですし、現代医療だけ勉強していればいいのですからすごく楽ですね。
でもそれじゃ患者さんのためになりません。

研修医の頃はどれだけ薬をうまく使うかが、どれだけ薬を知っているかが格好いいと思っていましたが、確かに「薬は使いよう」であることは間違いありません。
しかし薬だけに頼るのは良くありません。

代替療法をハナから否定している西洋医学一辺倒の医療者たちよ。
だったら、癌を治してみろ。認知症を治してみろ。難病を治してみろ。
と言いたい。
できもしないくせに、西洋医学だけを信じているなんて、不勉強にもほどがある。
あらゆる可能性を考え、いろんな治療法を探すのが医者じゃないのかい?
(確かに怪しいサギのような代替療法もあるからやっかいなんですけどね)

医者って周りから「すごい」って思われてしまうから勘違いしてしまう人が多いんですけど、「謙虚さ」を忘れてはいけませんね。
それは「医学」という学問においてもです。
いまだに現代医療は癌を克服できていないのですから、バカみたいに西洋医学だけを信じてるなんてどうかしてます。
もちろん「西洋医学だけをやる」というのは別によいと思います。
だけど、代替療法について口出しをするなってこと。
何も知らないくせに、西洋医学以外のことを否定したりトンデモとレッテル貼ったり。

大体、患者さんを継続的に外来に来させている時点でおかしいでしょ。
それって病気を治せていないってことですよね。
「血圧の薬飲んでよい血圧になっているから、そのまま外来に来させる」
じゃなくて、
「血圧の薬がいらないようにするにはどうしたらいいか」
を考えなければいけません。
それが医者。

もちろん代替療法でも治せるというわけではないから、「本当の医療とは何か」をずっと探求しているんですけどね。

なんだかよくわからないけど、自分のポリシーを書く場になってしまいました。

自分は大学時代不勉強のおかげで西洋医学に染まらなかったのかなぁとか思ったり。
(いやいやちゃんと勉強しましたよ。)

とりあえず、自分が一番興味のなかった分野をウリにして働くこととなっているということも、これは自分の人生のお役目だったのかなぁと思うときがあります。

そして理不尽なことが嫌いなので、今回のコロナ騒動についてもブログでこっそり書きまくっていたら、なんだか拡散されているようで…。
これもお役目なのでしょうね。
読んでくれる方には本当にありがたいことです。

今の状況が10年前、いやいや数年前にも想像すらできませんでした。
というか開業することもね。
開業なんてまったく頭になかったし、開業したいなんてことすらちっとも思っていませんでした。
しかしそうせざるをえない状況になって、わずか2~3ヶ月の期間で開業することになったのですから不思議なものです。
ふつう、内科クリニックの開業って、通常1~2年もしくはそれ以上の準備期間が必要ですからね。
多くの人に助けられてます。

これからの人生どうなるかわかりませんが、ちょっと楽しみです。

このまま変化がない人生は安定していて楽でしょうけど、何かあるでしょうね。
10年後、自分が何やっているのか想像つかないけど、楽しみです。
とか言って、このままだったり…。

さて、ここまで読まれた方、相当な暇人ですね。
貴重なお時間をありがとうございました。