今回はまたそっち系の話になりますが、皆さん霊現象を体験されたことはありますか?
自分は別に霊感が強いとかないですしお化けが見えるとかではありません。
しかし不思議な体験・経験はいくつかあります。
霊現象はよく電気的な現象が起きるともいわれます。
自宅の台所には2つの白熱電球がぶら下がっています。
自分の父が亡くなるその日の朝、2つの白熱電球のうち左側の電球だけが突然切れました。
これまで切れたこともなかったのにです。
これだけであれば「たまたまかな」で済みます。
しかしその約1年半後、今後は義父が亡くなる日の朝、また同じ電球が切れたのです。
さすがにこう続くとたまたまではない感じがしますね。
その後同じ場所の電球は切れたことがありません。
すでに10年以上現在の自宅に住んでいますが、台所の電球が切れたのは自分の父と義父が亡くなった日の2回だけなのです。しかも同じ場所の電球。
仮に10年としても約3,650日間あり、そのうち親族が亡くなったその日に2つある電球のうち左側だけが切れるという確率は相当小さいものであると想像できます。
しかもその後切れてない日は続いていますから、確率はどんどん小さくなっており日々記録を更新し続けています。
(正確には製品としての電球の寿命なども考慮して確率を算出しなければならないため、安易な計算で出すことができません…)
また自宅のトイレはセンサーで自動で水が流れる機能がついています。
義父が亡くなったとき、仕事の関係で一足早く自分だけ自宅に帰ってきました。
その日の夜、帰宅して洗面所で手を洗っていると、隣のトイレから水が流れる音がするのです…。
見に行ったら、便座の蓋は閉まっているのに確かに水が流れています。
正直最初はびびりましたが、「あぁお義父さんだ」とすぐに思いました。
そう思ったら全然怖くはなかったです。
夜のトイレですが…。しかも一人家にいるときですから…。
自分が勝手にいいように解釈しているだけかもしれませんが「ありがとう」というサインのような感じがしたのです。
これまた勝手に水が流れる現象なんて、10年以上住んでいてこの1回だけです。
家族に聞いてみてもそんなことは今までなかったといいます。
人の死の前後で普段あまり経験しないような不思議な現象が起きると、どうしても霊的な現象と結びつけたくなってしまいます。
その出来事に何か意味を見いだそうとしてしまうのですね。
「何か意味がある」と思っている人に対して、興ざめするような声をかける人もいます。
いわゆる科学バカですが、自分の理解の範疇を超える現象はすべて「存在しないこと」とする短絡思考の人です。
先日の「隙間の神」のブログに書いたように、不思議な現象を何でもかんでも神の仕業でであるとか霊の現象だとするのはどうかとは思います。
科学的に説明できるならそれが一番皆が納得できます。
しかしだからといって、それが神の仕業であるとか霊の現象ではない、と言い切ることもできないのではないでしょうか。
ましてや上記で紹介した電球切れる現象は相当な確率の低さです。
ごくごく小さな確率であろうとも自然に起きる現象が起こりえるのですから、霊の仕業とは言えないのかもしれません。
しかし普通に考えて、親族が亡くなった日の朝に同じ場所の電球が2回も切れるなんてかなりレアな出来事ですし自然に起きる確率は相当低いのですから、自分は何らかの霊現象だったと思っています。
科学バカはいろいろ理由をつけてそれを否定したいのでしょうが、そっとしておいてあげたらいいのにと思います。
(あっ自分が誰かに何か言われたとかではないです)
ある現象に対して、遺族がその現象に何らかの意味を見いだし、心が癒やされるとか感じているのであればそれはそれでいいじゃないですか。
まわりがとやかく言うことではありません。
ちなみに上記は電気バージョンでしたが、虫バージョンについては以前ブログに書いています。コロナ前のブログだったんですねぇ。
(魂はあるのか 2019年10月17日)
例えば上記ブログにあるように、四十九日の真夏の暑い日(気温37~38度)、父がとても大切にしていた車の上を一匹のトンボが30分以上もぐるぐるその車の真上を飛んでいるなんて、生物学的には何か説明がつくのでしょうけど、自分は「父」だったと思っています。
蝶々の話も書いていますが、やはり何かの節目に珍しくトンボや蝶をみたら、「あぁ会いに来てくれたんだ」とか「見守ってくれているんだ」と感じます。
(蝶はギリシャ語で魂という意味があることもブログで紹介しています。)
そんなほんわかした気持ちを、まわりが水を差しぶち壊すようなことをしてはいけませんね。
本人が信じていたり感じていることはそのままそっとしておくべきですし、魂の存在を信じている自分としては、そういう話を聞いたら共感します。
これまでは真実にまつわる不思議な現象が主でした。
やはり何か意味を見いだしたいという気持ちもあったのかもしれませんし、親族だからそういうサインを受け取りやすかったのかもしれません。
ただコロナ騒動が始まって、ワクチンにはマイナスのエネルギーも乗っかっていると感じていますが、邪気とかそういうのをなんとなく感じるようになってしまったかもしれません。
邪気に限らず、何か不思議な霊現象のようなものを感じたのです。
ある夜、クリニックで残業していたときのことです。
空気清浄機が何かに反応して勝手にパワーが強くなるなんてことは起こりうるといえば起こりえます。
しかし誰も動いておらず、窓も開いていません。
自分は一人黙々パソコン作業をしていたのです。
そうしたら右後ろにある空気清浄機が突然何かに反応し風量が上がったのです。
この空気清浄機、これまで一度も何かに反応して風量が上がるなんてことはなかったのにです。
かなり鈍感めのセンサーなのです。
他に置いてある空気清浄機は何かに反応して自動で風量が上がることはたびたびあるのに。
今回の器機では初めて風量が自動で上がったことを体験しました。
しかし原因がまるっきりわからないのです。
何か匂うこともないですし、自分はパソコン見ていて動いてもいない。
もちろんオナラしたわけでもありません。
自分の右後ろにありますから、確かにオナラ検知にはとてもよい場所ではありますが…。
自然にウンチをもらしちゃったわけでもありません。たぶん。
自分はこのとき一瞬で「あっおばけだ」と感じました。
深く考えず直感です。
でも特別怖い感じはしませんでした。
その空気清浄機が自動で風量上がったのは今のところ後にも先にもその1回だけです。
父の七回忌が近かったから…かもしれませんし、他の要因かもしれません。
そうそう父の七回忌といえば、実家に行ったとき、リビングの壁に突然ゴキブリが登場したのです。
しかしそのゴキブリ、カーテンレールの上の壁を行ったり来たりしているのです。
時々隠れるのですが、また出てきて行ったり来たりします。
ゴキブリを見たら通常は即退治です。臨戦態勢に突入です。
しかし母がぼそっと「お父さんだわ」と言うではないですか。
お父さんと言われたら殺せないですよね…。
さすがに。
仕方がないのでゴキブリがこっちに来ないか監視しながら様子を見ていました。
そのうちどこかに隠れて出てこなくなりました。
そして翌日の夜(七回忌法要の日)。
今度は突然床に登場したのです。
たぶん同じやつかもしれません。
そして今度は退治しようと動いたのですが(自分ではない他の家族がです)、そのゴキブリ、父がいつも使っていた座椅子の下に入っていき、その後どこを探しても見当たらなくなってしまったのです。
本当にお父さんだったのか…。
しかしゴキブリって…。
トンボや蝶となって(トンボや蝶を使って)お知らせに来るならわかりますが…。
まぁ家の中で虫使ってお知らせするとしたら、ゴキブリくらいしかいないのかもしれません。
というわけで実家ではゴキブリでも大切に飼っております。
期間限定かもしれませんけどね。
まぁゴキブリを殺しても父の魂に何かあるというわけではなく、痛いとか悲しいとか思うわけではありません。きっと。
また他の方法でサインを送ってくるだけでしょう。
ですから退治しても問題はないのかもしれません。
とはいえ、仏教の世界では虫を殺すことも殺生の罪になるそうですから、やはりゴキブリといえど暖かく見守れるときは見守っておいた方がいいのかもしれませんね。
