認知症について思うこと

思いもよらず認知症診療に携わり、はや19年になります。
今計算してみて自分でもびっくりしてしまいました。

しかし現代医学はいまだに認知症を克服できていませんね。
この20年近くですら何も進歩していません。

一応高額な点滴薬は出てきましたが、そもそもが間違った理論で開発されたものであるし、効果も非常に非常に限定的です
アミロイドβ仮説の論文がねつ造だった件については以前にもブログで紹介しました。
ふつう(2026年3月8日)
認知症は脳のゴミだけが問題ではない(2026年5月9日)

メディアではもてはやしていますけど、決して特効薬ではないし、疑問を持っている医師は多くいます。

西洋医学礼賛の人たち、何を思うのでしょう。何も思っていないのでしょうけど。何か思っていたら、頭が硬くない証拠ですし、視野を広く持ち、西洋医学に固執しなくなるはずです。
ガンだって克服できていません。
西洋医学ですべてのガンを根治できるというのなら代替療法を否定されたってしょうがありません。
しかし西洋医学で完治できないくせに代替療法を完全否定する医者が多いのも事実です。
一体何様なのだろう、どこにそんな自身があるのだろうと不思議でなりません。
特に北海道の○○○大学付属病院は、患者さんが少しでも代替療法の話をすると明らかな不機嫌な態度になり、代替療法をするんだったらもう診ません、という態度らしいのです。
そういう話、これまで何人も聞きました。
またかよ、ってくらい何人も聞いています。
サプリくらい飲んだっていいっしょ。って思うのですが、それすら許してくれないそうです。
それでいてガンから救えないのですから、なんなんでしょう。
患者さんを人間として診ていないんだな、って感じてしまいます。
データ取りの実験材料・研究材料、あるいは学生のための教育材料にしか見ていないのではないでしょうか。

早速話が脱線してしまいました。

認知症につて思うことです。

訪問診療を行っていますから、高齢者住宅にも当然行っていますし、多くの患者さんを診てきました。
そして認知症患者さんとスタッフのやりとりなども見てきました。

高齢者施設に限らずですが病院でも、患者さんが認知症患者さんだと赤ちゃん言葉を使うスタッフがいるのですよね。
なぜなんでしょう。
子供扱いしているのでしょうか?
30代40代のバリバリのサラリーマンだとかにも同じ赤ちゃん言葉で対応するんだったらわかります。
(それを望んで喜ぶ変態野郎もいるかもしれませんけど…)

認知症の患者さんだって、周囲が話すことを理解しているかもしれないのです。
理解していることをただうまくに表現できないだけかもしれないのです。
認知症だから何もわからない、なんてことすら現代医学は解明できていないでしょう。
そんなことはないかもしれないのです。

意識不明の患者さんの横でスタッフが話していたことを、実は患者さんは聞こえてわかっていた、という話もあります。

それにスタッフなど周囲の関わり方によって、認知症患者さんの態度も大きく変わります
慣れないスタッフ、ぞんざいに扱うスタッフ、性格が悪い?スタッフが関わると強く不穏になったりします(周辺症状)。
施設からの報告で「不穏が強くなった」などあることがあるのですが、「関わり方の問題だろ」と正直思うときがあります。
しかしそのまま言えませんからねぇ。
かといって、他に要因があると思うのに、精神薬を追加したり増量するなんて真似もできません。
当たり障りない漢方薬などを処方したり、そのときによって対処法は変わりますが、決して施設のいいなりに安易に精神薬を増量したりなんてしません。

もちろん入居者さんのことを思い、いろいろ工夫をして接している施設もあります。
スタッフと話せばその辺わかりますし、施設の雰囲気とかでその辺はわかりますね。

本当に多くの認知症患者さんを診てきましたが、例え重度の認知症だとしても「見透かされている」と思うときがあるのです。
なにも患者さんが自分が診察したときに嫌な顔をするとかそんなことはなくてもですよ。

ある方とメールのやりとりをして感じたのですが、人は年齢と共に高齢になるにつれて、肉体メインから意識系メインに移っていくのかなとも思ったりしました。
年を取ると共にあの世に行く準備段階として、少しずつ肉体メインから次元上昇し意識系メインになるイメージです。
ですから肉体の機能が衰えていようとも、認知機能低下があろうとも、意識では理解しているし、なんなら見えない世界のことも感じ取れているのではないかと思うのです。
その人のオーラを感じたりとか。

というのも高齢者の「幻覚」問題がありますね。
一般的に「幻覚」は病気として扱われます。
認知症だったらレビー小体型認知症の症状じゃないか、とか。
精神疾患であれば統合失調症じゃないかとか。

ただ「見えない世界」のことにも理解がある(興味がある)と、病気としての「幻覚」なのか、本当に何か「霊的な存在として見えちゃっている」のか悩むときがあります

以前ブログに書いたか忘れてしまいましたが、かつて、とある施設の患者さんの訪問診療に行っていたときの話です。
その患者さん、スタッフからは幻覚がひどい、重度の認知症だとの評価でした。
確かに質問に的確に答えられるわけでもなく、拒否も強く、関わり方が難しかった方ではあります(診察の時はそれほど毎回拒否があったわけではありませんが…)。
スタッフからは「とても接しづらい重度の認知症患者さん」扱いでした。

その方があるとき、窓の外を見て(夜のことです)、
「ほら、そこの池の中に赤ちゃんを抱っこした女の人が立っている」
と言っていたそうなのです。
しかしそこは草がボーボーに生えている空き地で、池なんてありません。

しかしその話を聞いた人が、そういえば確かに昔そこに池があった、と言うのです。
かなりの昔だそうです。
ネットで昔の地図を調べたら、本当にそこに池がありました。

ひょっとして昔その池に若いお母さんが身を投げた悲しい物語があったとか?なんて思ったりしてしまいました。

その幻覚が見えた患者さんの地元なのかわかりませんが、どこか場所も理解していない施設に入居させられていますし位置関係なんて当然理解されていなかったと思います。ましてや重度認知症ですから余計に場所の理解はなかったと思います。

たまたまかもしれませんが、このケースは「本当に見えていた(見えちゃっていた)」のかもしれない、と思った出来事でした。

何でもかんでも病気としての「幻覚」扱いにするのではなく、ひょっとしたら「(霊的に)本当に何か見えているのかも」と捉えると辻褄が合うケースってたびたびあるんですね。

キザな言い方をすれば認知症患者さんは「心の目で見ている」のかもしれません。

ですから例え重度認知症で寝たきりであろうと、言葉を発せない方であろうと、普通に声かけします(もちろん赤ちゃん言葉なんて絶対に使いません)。
その方の目を見て「おはようございます」「また来ますね」とか。
体に手を添えながら。

で、ここからは完全なる妄想の世界です。
西洋医学もクソもありません。
頭のおかしくなった医者が書くことです。

認知症というと、脳の機能が低下して…って説明ですよね。
覚えられない、記憶が出てこないって症状です。
(すげぇド素人のような説明です…)

はたして人間の記憶って本当に「脳」に存在するのか?って疑問に思ってしまったのです。
冒頭で紹介した以前のブログにもちらっと、
『「脳に認知症の原因がある」というのがそもそも単なる思い込みで間違っているのかも知れません。』
と書いていました。

脳に記憶が存在するって、結局は物質な捉え方ですよね。
まぁ肉体があるから物質的な考え方になってしまうのですが、人の記憶って高次元に存在しているのではないかと。
すべての情報がソースであるとか大元にあるって言われています。
地球で経験したこと、その記憶はすべて肉体がなくなるとそのソースに吸収されるとも言われています。

ですから認知症患者さんであろうと決して忘れたわけではなく、ただその記憶をうまく引き出せないだけ、なのではないかと思ったのです。
パソコンで言うと、データを長期保管する部位はハードディスクですが、それは高次元に存在するもの。
一方でパソコンの「メモリー」という部分は「CPUが処理するデータやプログラムを一時的に高速で記憶しておくための装置」と説明されたりしますが、そのメモリーがうまく働かなくなったり、CPUが古すぎて(サビビついて)うまく処理できなくなった状態が、認知症なのではないかと。

となれば、メモリーやCPUをメンテナンスしたり、あるいは高次元にある記憶をうまく引っ張る方法が見つかれば、肉体的現象としての認知症も改善したようにも見えるのではないか、とか。

あるいは上記に
『高齢になるにつれて、肉体メインから意識系メインに移っていくのかとも思ったりしました。』
と書きましたが、新たな記憶はせっせと意識系(高次元)に送り込んでしまっているのかもしれません。

認知症は高次元へ帰る準備段階、は言いすぎかもしれませんが、そんな意味合いがある場合もあるのではないかなと思いました。
完全なる勝手な妄想話です。
(もちろん明らかに有害物質など原因があっての認知症などもありますからすべてに当てはまりません)

「高齢になるにつれて、肉体メインから意識系メインに移っていく」のが真実であれば、やはり仙人は高齢者じゃないとなれないんだなぁと、くだらんことを思いました。
若造の仙人なんて聞いたことがありませんからね。
とはいえ、魂レベルの高い子供が多く生まれてきているとは言われているようですが…。
しかし今回のコロナワクチンの影響(両親の接種)でどうなっているのでしょう。
そこら辺の邪魔目的もコロナワクチンにはあったのかもしれません。
(これも妄想と言われそうですけど。でも太文字にしてやった)

「見透かされている」云々抜きにして、例え認知症であろうと、人として敬う、その気持ちは絶対に忘れてはなりません。
施設スタッフであろうと、介護している家族であろうと、確かに大変なところも多くあると思います。
当たりたくなってしまう気持ちがあるのは、人間ですから起きてしまうのは仕方ありません(でも実際に手を出してはダメです)。
きれい事ばかりで通じる世界ではないでしょう。
でも、一人の人間であるのは間違いないし、自分よりも年上の先輩であることは間違いありません。
そこは最低限忘れないで欲しいです。
自分自身だっていつぞや認知症になるかもわからないのですし、同じ扱いされてもいいのですか?ということです。
「認知症でわからなくなっているから別にいいよ。気にしにないし怖くもない。」ではありません。
魂レベルではぞんざいに扱われることは理解し、ものすごく傷つくかもしれません。

そしてきっと、うまく表現できなくても、心は見透かされています
腐った心持っていると瞬時に見透かされ、周辺症状(不穏や拒否など)という形で表現してくるでしょう。
ましてや、自分のあの世に言ったとき、何言われるかわかりません。
あの世に行くと恨み辛みは一切消えると言われてますけどね。だからといって好き勝手自由にやっていいということではありません。

意識の世界に記憶は貯蔵されている。
脳はただの情報処理の機器。
そんな考えで認知症克服へのアプローチをしたら面白いことが起きるかもしれない、と思っていたりしています。