先日、コロナ禍当初のヨーロッパのリアルな状況を紹介させていただきました。
ふりかえり(ヨーロッパ編) (2026年8月28日)
メディアはこぞって色々と報道していましたけど、どれもこれも「コロナがいかに脅威か」という恐怖を煽るものばかりであり、実際に生活している人々、特にワクチンはおかしいと感じていた人々の実際の生活については知る由もありませんでした。
情報統制も堂々とやられていましたからね。
ですからイタリアからハンガリーに逃げた体験は、とても生々しかったです。
今回、追加で思い出したことがあるとのことで、再びお便りをいただきました。
ぜひご紹介させていただきたいと思います。
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先生のブログの内容を拝見し、更に思い出したが事がありますので、勝手とは思いますが、下記ご連絡させて頂きます。
これは、ブログに載せて頂きたいという事ではなく、先生でしたらご理解して頂けるのでは?という思いで書かせて頂くだけです。
当時、コロナワクチンを接種しない意思表示でほとんど全ての友人を失いました。(笑)
しかも、接種した側の友達からの断絶です。(笑)とご説明すれば、ご想像いただけるのではないかと、、
ヨーロッパではイタリアが一番最初にコロナ感染者が発覚しました。
その後すぐに各国でも拡大していく中で、ドイツでは、なぜ日本だけがコロナ感染が未だにないのか?と言うのが話題になっていました。
主人が免疫の研究者の先生のユーチューブでの説明の中で、日本人のDNAに関係するのでは?や大豆、特に発酵食品、納豆を食べている、緑茶を日常的に飲んでいるからではないか?と言うことを話していたそうです。主人に「納豆って何?」と聞かれましたが、さすがに和食ブームといえども、糸を引いてる豆を見たら、多分固まると思います。(笑)
そうこうしている内に、日本でもあっという間にコロナ感染が広がりましたので、この話はどこかへ消えてしまいました。
イタリアでコロナワクチン接種が始まり、当時の首相が記者会見で、「(あなたが)ワクチンを接種しなければ、病気になり、死にます。また、接種しなければ、病気になり、誰かに感染させその人が死ぬ事になります。」と言った時にはゾッとしました。
あまりにも有名な言葉で、この言葉を忘れてはいけない!と時々SNSで見るのですが、
今、冷静に思うと、国のトップがこんな発言をする事自体が気狂いじみた事だと、当時は考えることができませんでした。
その後、ワクチン義務が始まり、50歳以上の未接種者には、罰金制度ができました。
その金額が、一人につき100ユーロ(18000円程度)です。
受け止め方にもよりますが、様々な場所に入れないなどものすごい厳しい制限をしているにも関わらず、罰金額がなんとなく少ない。随分と安いなあ、と思うのもおかしいのですが、意外と払える金額だったのです。変な話、スピード違反の罰金より安い様な。。。
ワクチンを義務化することや行動範囲を制限すること自体、憲法違反だった様ですが、当時は緊急事態宣言の下で、なんでもかんでも国が勝手に決められる状態だったのにです。
罰金を払った人は、制限が解除されると言うわけでもないのですが、払った人も多くいた様です。
非常事態宣言も解除され、政権も変わり2年後に、この罰金制度が無効になりました。
但し、支払い済みの人には返済なしでした。
私たちにとってはラッキーな結末だったのですが、結局今までの事はなんだったの?という出来事でした。
話が飛びますが、ハンガリーに到着後、当初は出会う人のほとんどがコロナワクチン未接種でした。
そのため「あー、なんていい国なんだあ!」と思っていましたが、未接種の知人曰く、未接種とい言うだけでゴキブリ扱いされた時期があったと言っていましたので、結局はどの国に住んでいてもそれほど変わらなかったのかも?と思いましたが、流石に、ワクチン打たないと死ぬぞ!は、ひどすぎますよね。
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50歳以上の未接種者には100ユーロ(18000円程度)の罰金制度があったのですね。
これも知りませんでした。
ちなみにイタリアの1回の接種率は87%くらいらしいのですが、9割近い人が打っているのですね。
100ユーロという微妙な金額の罰金を払えば拒否できたのに、結局は日本と同じく「恐怖」に駆られ打ったのでしょうか。同調圧力でしょうか。
多くの人が国やメディアに洗脳されていたのかもしれません。
イタリアの首相があんなこと言っているくらいなのですからね…。
しかし未接種には罰金が存在していた国もあったとは…。
なかなか強烈です。
2回目接種率は80%程度ですから、ここで罰金払った人もいるのですね。
あのワクチンを打たなければ「罰金」。
そんな世の中狂っていますよね…。
だからまだ日本はまだマシだとは思うのですが、一方で生ぬるいところに生きているので、そこが心配なところでもあります。
そして同じヨーロッパでもハンガリーは未接種が多かったとのこと。
でもゴキブリ扱いされるケースもあったらしいとのことです。
ハンガリーにもゴキブリいるんだぁ、というのはどうでもよいとして、日本でも未接種者をゴキブリ呼ばわりした医者がいましたね。
HPVワクチン推奨の本で賞を取った村中璃子という女医です。
SNSで人のことを堂々とゴキブリを書くその神経がまったく理解できませんが、世の中もこの人物も相当おかしかったのでしょう。
というかハンガリーで未接種者をゴキブリ扱いしたの、村中なのかもしれません。
いくら何でも未接種者に対して「ゴキブリ」と表現するような人はそうそういるとは思えませんから。
普通のまっとうな感性の持ち主ならあり得ません。
「ゴキブリと言う奴がゴキブリなんだ」という、子どものケンカの言い返しみたいな感じですが、そういうことにしておきましょう。
でもそう考えたらゴキブリに失礼だと思いました。
で、突然ですが前回の「ふりかえり(ヨーロッパ編)」を読んでくださった方から感想をいただいたのです。
こちらもぜひご紹介させていただければと思います。
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ワクチン接種の件で、逃れるためにハンガリーまで逃れた方がいらっしゃるとのことで、世界中でワクチンから必死に逃れた方々がいたんだなとあらためて感じました。
あの頃の自身の精神と重ねて読んでしまいました。
あの頃は、先々の見えない不安に押しつぶされそうでした。
もう二度と経験したくないものです。
自分一人ならばそこまで考えなかったかもしれませんが、
当時は小さなこども二人と、夫と、家族全員を守りながらどうやって打たずに逃げ切るか?(逃げ切れるのか?)
を日々考える日々でした。
自身も、当時は子供が寝静まったあと、何度も夫婦会議をしました。
もし、ワクチンが強制になったらどうするか?家まで逮捕と押しかけてきたら?
→「有り金叩いてキャンピングカーを買って、世捨て人になってやれるだけ逃亡するか?」と夫。私も同意。
(子供たちも申し訳ないけど学校へ行っている場合じゃない)
もし、会社でワクチン強制されて打たなければクビと言われたらどうするか?
→「5年?10年?経過してきたらおそらくワクチンの弊害がでて、会社も世論もわかるはずだから、何年か耐えれば世の中の風向きも変わってくるだろう。
それを信じてとりあえず、会社からどんな圧力がかかっても、最後まで居座りながら貰えるだけ給料をもらいつつ就職先を探し、見つからなくても土方アルバイトでもなんでも
やって食いつなぐ。」と夫。
「私も朝から晩まで子供たちを預けて働くことになっても、家族を支えるから、絶対に夫に打たせたくないし、打たないで。
身体が資本、健康あっての仕事だから。」
というようなことを話しました。
夫も自分の考えとして接種拒否だったので、
ここは夫婦同じ方向を見て一致団結して、逮捕されて腕掴まれて無理やり接種されるまでは拒否する意思を2人で固めました。
今考えれば、心配性すぎたかもしれない内容でお恥ずかしい…すみません…。
その当時は、接種不可証明書を出して下さりそうな病院も全国調べたりして、
色んなケースを想定しておりました。
結局、国として、会社として強制までにはならなかったので、日本に住みながら意思が貫けて本当に良かったと今では思います。
日本から、国外へ移住となると、
ちょっと心が折れてしまったかもしれません。
イタリアからハンガリーへ移った方は、仕事や言語など大変だったのではないでしょうか?
自分たちよりも過酷な圧力のあった環境で逃げられた方々、本当に本当に尊敬致します。
ブログを拝読しながら、当時の心境を思い出し、あの頃の非接種を貫いた皆さん、少なからず辛かったろうなと思った次第です。
うちもここまで考え抜いたので、
「仕方がなかった」「会社の圧力で打つしかなかった」というのは先生と同じく、言い訳だと心のなかでは思ってしまいます。
コロナ禍はもうお腹いっぱいですが、
夫との絆はコロナ禍、ワクチン禍があったおかげで、より一層深まりました。
そこには大感謝です。
おかげさまでお互いにとって、唯一無二の存在です。
夫以外はおそらくもう一生考えられないです。
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異常で何でもありの世界でしたからいろんなシミュレーションをされていたのですね。
このご夫婦は考えが一緒だから本当良かったです。
しかし世間には夫婦で考えが異なるケースもいっぱいありましたし、たくさんそのようなケースを聞いてきました。
しかも未接種側がシェディングを感じてしまうとなると、さらに大変です。
自宅でも休まるところがなく、しかも家族から変態扱いされ続けるのですから…。
よっぽど一人になった方が楽だと思いますが、子どもがいるかもしれませんし、現実的なことを考えるとそうそう簡単にはいかないこともあるでしょう。
上記の方のように結束が強まったところもあれば、分断を生み出してしまったところもあります。
ワクチン臭が強烈な人とこの先もずっと一緒に暮らしていくことを考えると途方に暮れてしまいますよね。
その中で色々工夫しながら対策をされている方もいます。
接種者の人もシェディングのことを理解してくれて一緒に考えてくれたら良いのですが、得てして家庭内では変態扱いしてきたり、なぜか強気の態度だったりします。
少しでも謙虚な気持ちを持ってお互い歩み寄る気持ちを持ってくれたらいいんですけどね…。
歩み寄ってくれなければそれまでのこと、と割り切らなければならないこともあるかもしれません。
ここら辺は本当難しいところですし、正解がないのでこの辺にしときます。
ちなみに湿疹が出てしまうとか出血が止まらないとか頭痛やめまいがひどいとか、身体に異常が強く出てしまう場合はともかく、軽度の臭いを感じる程度であればなんとか乗り越えられるのかもしれません。
ちんけな言い方かもしれませんが、「愛」のエネルギーがあれば気にならなくなってしまうというか、乗り越えてしまうようなところもありそうな気はします。
そこにはエネルギー的な考え方だとか感性も必要になってくると思います。
一方で、そばにいるだけで皮膚が燃えるように熱くなってしまうタイプだったり、一瞬で「命の危険」を感じるほどの強烈なニオイだったら、それはもう御決断の時かもしれません。
自分だったら強烈すぎたらさすがに無理だと思ってしまいそうです。
一部のスピリチュアリストが言うように、気の持ちようでなんとかなるかもしれません。
しかしそこまで到達するには見えない世界への深い造詣と理解だったり、仙人レベルの修練が必要でしょうね。
「気の持ちようでなんとかなる」のは不可能だとは思いませんけど、一般人にはかなり難しいことだと思います。
これまでいろんなシェディングのパターンを経験したくさん観察・考察してきました。
確かに「シェディングを受ける」と身構えてしまうと、本当にそれを引き寄せてしまうこともあるでしょう。
しかし一方で、シェディングのことを心配したり一切していなくても(先入観が一切なくても)、影響を受けるときは受けるのです。
ここに、気の持ちようもクソもありません。
明らかに物質的なもの、侵襲的なエネルギー的なものの影響が存在していると思われます。
自分のエネルギー的なガードが常に強固である人、どんな悪いエネルギーからも影響を受けずブレない人、そういう自分の周囲のエネルギー体を容易にコントロールできる人なら、気の持ちようでどうにでもなるでしょう。
あるいはいとも簡単に瞬時に自分の肉体の周波数を上げて意識体に近づけられる人とか。
んなの一般の地球人に簡単にできるわけないっしょ。
変な話の方向に進んでしまいました。
今回のブログの話題に戻ります。
多くの方が未接種を貫くために悩んで対策をされてきたのですね。
日本は義務でもないし罰金もないのですから、「打たない」という意思表示をすればいいだけだったのですが、結局は「半強制だった」とか、周囲の目を気にして打った方が多いのではないでしょうか?無料だから打った、という人は論外です。
本当は打ちたくない、という強い気持ちがあったのだったらそれを貫いて欲しいです。今後は。
また、感染症学会だとか呼吸器学会だとかワクチン学会が、今年もコロナワクチンの接種を強く推奨するという、完全理解不能なレベルの提言をしましたね。
ここまできてそれか、と呆れます。
『「接種後には接種したところの痛みや発熱など、一過性ではあるが、一定の割合でみられる」「副反応の疑いがあれば、因果関係が不明であっても報告が義務付けられており、死亡したケースも一定の割合だが、報告されている」とも説明した。それでも、国内外での複数の疫学研究の結果、「ワクチンと接種後の死亡には関連性はないことが報告されている」と安全性を強調した。』
とのことですが、ワクチン後遺症に悩んでいる人々、ワクチン接種後に大切な人を亡くされたご遺族の方、このコメント見てどう思いますか?
これが名だたる日本の学会の見解なのです。
科学的には~、とか、エビデンスが~、とかばかり言っているところですが、こんなとこ信用できますか??
少なくとも日本の医学会は崩壊していると感じます。腐ってます。
これが日本の医療を引っ張っているというのですからね。
こんなところがガイドラインを作っていたりするのですから、ガイドラインすら信用できなくなっちゃいますよね。
明らかに医療不信は自分たちで招いているというのに、陰謀論者のせいにしたりして責任をなすりつけている汚い集団です。
こんなことばかりやっていたら、誰も聞く耳持たなくなりますよ。普通は。
これでもこの集団を信じ続ける人は、もう生きている世界線が違うということでしょう。
日本においては、変態扱いされても大丈夫とか、周りから何言われても大丈夫という少しばかりの勇気があれば意志が貫ける国です。
今後は生き抜く上では、「同調圧力に負けないこと」がテーマかもしれません。
自分の頭で考え、自分で自分の生き方を決め貫かないといけません。
右ならえだと地獄に墜ちるわよ、ってことです。
